もともと、企業がブランドに投資する目的は、「顧客」に関するリターンにとどまりません。株主、取引先、従業員など、様々なステークホルダーからのリターンを見込めるからこそ、ブランディングは重要視されてきました。
そして近年、企業規模の大小、業界、B2B/B2Cに関わりなく、重要度が増しているステークホルダーが、「採用候補者」です。
特に現在の日本においては、人材流動化による優秀な人材の獲得・リテンションの難化や新卒採用の通年化、社会情勢の後押しによる働き方の多様化といったこれまでにない変化が起きており、この「採用ブランディング」の動きは加速度的に広がると考えられます。
実際、特にB2B企業が採用候補者に対して、社名を印象付ける目的で、TVCM等の広告に投資する例がよく見受けられます。しかし、TVCMなど広告メディアでの接点は、認知や漠然としたイメージは伝わるものの、本質的な魅力は伝わり切らず、共感も生まれにくいのも事実です。
今回の記事では、ブランディングを専門とする弊社だからこそお伝えできる、「キャッチコピー作りにとどまらない、採用ブランディングの方法論」を実例付きでご紹介いたします。
方法論に先立ち、簡単に「採用ブランディング」という言葉の定義を確認しましょう。
採用ブランディングとは、一言でいうならば「採用のために、会社の魅力を言語化・整理し、社内外に一貫性と継続性をもって浸透させること」です。
特に重要になるのが、「一貫性と継続性」の部分です。これはブランディングにおける鉄則で、ターゲットに一定のイメージや期待を想起してもらうためには必要不可欠です。
これを伴わない、よくある失敗例としては、母集団形成期に合わせた一時的で散発なコンテンツ配信などが挙げられます。特に採用活動においては、関わる組織が複数存在する(人事、広報など)場合が多いため、発信内容がバラバラにならないように注意することが必要になります。
採用ブランディングを成功させるポイントをプロセスに沿ってご紹介いたします。
これは先にも挙げた、組織間連携についてです。採用に関わる組織は様々で、各々が異なる領域に責任を持つこともしばしばです。例えば、広報の発信活動と人事の採用活動の間で連携がとれておらず、採用候補者が想起するイメージがバラバラになってしまう場合、説得力に欠けて効果が見込めないどころか、会社に対する不信感を抱かせる恐れもあります。そうならないためにも、チームを横断した目的の設定・共有や責任領域の確認、共有体制の設計から始め、連帯感のある体制を整える必要があります。
次に、二つのステップを踏んで、採用候補者に想起してもらいたいイメージ(=採用ブランドコンセプト)を考えていきます。1つ目のステップが魅力の洗い出し。2つ目のステップが整理・構造化です。
まず、魅力の洗い出しについて。ここでは「採用候補者が自社で働くことで得られる便益(ベネフィット)」を洗い出しましょう。
ここで注意するべきことは「インサイトする対象」と「ベネフィットの俯瞰性」です。前者について、採用ブランディングでは、インサイトすべき対象がターゲットだけでなく、既存の従業員も含まれます。なぜなら、従業員にとっての自社の魅力こそが訴求すべきベネフィットそのものであるといえるからです。また、従業員や既存の企業カルチャーを正しくインサイトせずに発信を行ってしまうと、入社後のギャップの発生~早期離職につながるリスクも発生します。
後者について、「働くうえで得られるもの」というと、どうしても待遇や環境など、狭い範囲に限定してしまいがちです。下図のフレームワークを使い、自社の持つベネフィットを広くとらえてみることをお勧めいたします。ここでは、具体的にイメージをしやすいように、近年、売上の成長鈍化や高い離職率といった危機を、採用ブランディングの成功で乗り越えたサイボウズ株式会社の例を挙げています。
次に、整理について。「コンセプトコーン」というフレームワークを用いて、洗い出したベネフィットに説得力を持たせていきましょう。このフレームワークは、採用以外のブランディングでも必須の考え方であり、ブランドの提供価値を以下の四層に構造化することで、中身のない言葉遊びにとどまらないコンセプト設計の実現を補助するものです。
しかし、このフレームワークは、ただ当てはめればいいというものではありません。重要なのは「何を武器に、どう戦っていくのか」を考えて設計することです。
前述のサイボウズ株式会社で考えてみると、下図のように整理できます。
ターゲットや既存従業員から洗い出したベネフィットから、企業理念や独自性の高い文化・事業を武器に、その唯一性を押し出して戦っていく戦略が見受けられます。
ブランディングにおいて、どれだけいいコンセプトを作り上げたとしても、それがターゲットに伝わらなければ意味がありません。一貫性と継続性をもって、正しく、効果的に発信するためには次の二つのポイントに注意する必要があります。
ポイント1:多様化する採用メディアの把握
以前までの採用メディアと言えば、自社サイトや新卒・転職メディアへの求人掲載、大企業が行うマスメディア広告などが中心でした。しかし、現在では、Twitter、Facebook、InstagramなどのSNSやWantedly、LinkedInなどのビジネス特化型のSNS、口コミサイト、低コストで運用可能なWeb広告など多岐にわたります。
次の画像はそれらのメディアを4つのタイプに分類したものです。それぞれの特性を理解し、適切な手段を選択することが成功を収める第一歩となります。
また、さらに注意するべきことはこれらのメディア・手法が完全に独立的ではなく、相互に作用しているということです。より効果的にターゲットに広げ、アクションを取らせるためにはその互いの影響についても戦略を考えることが求められます。
ポイント2:メディアアウトの概念
先ほど挙げたPESOメディアのうち、テレビ・新聞などの「アーンドメディア」とSNSなどの「シェアードメディア」は企業側が伝えたい通りに情報が発信されるわけではなく、「ブランドが伝えたいこと」を「メディアが伝えたいこと」に変換していく発想が必要であることにも意識しましょう。これがメディアアウトといわれる考え方です。
再度、サイボウズ社を例に挙げてみましょう。
2014年、コアバリュー(コンセプトコーンの頂点)を基点に「チームのメディア」と題してオウンドメディア「サイボウズ式」(https://cybozushiki.cybozu.co.jp/)を開始します。柔軟なコントロールができるオウンドメディアで、チーム・働き方に関する記事や印象的な社内制度の紹介といった一貫性のあるコンテンツを配信して続けたほか、それを採用サイトとは別の形で設定することで、広いターゲットにより説得力のある発信がなされています。時流に合わせたコンテンツ作成により、記事がSNS等で拡散されている様子もしばしば見受けられます。
ほかにも、「働き方改革に対するお詫び」の広告、「働くママ」を題材としたムービーなど、社会の潮流に合わせて自社の理念やブランド価値を発信したコンテンツも有名です。これらも多くのメディアで取り上げられるなど、通常の事業広告や会社説明といったコンテンツ以上に注目を呼ぶものとなりました。
直近ではTwitter、Instagram、WantedlyなどのSNS運用やオンライン会議ツールを用いた交流イベント、Q&Aライブ、オンラインで閲覧可能な会社紹介資料など、より採用候補者と身近に、双方向的に触れ合う狙いを持った動きが見られます。
これらの結果、2014年から現在までの間で、中途の応募者数は3倍を超え、社員数は2倍に成長しました。さらに、その効果は社外のみならず、当初約28%あった離職率が4%という低水準にまで改善されるなど、社内にも大きな変化をもたらしました。これは採用ブランディングの定義通り、サイボウズ社の魅力を一貫性・継続性を持って社内外に浸透し続けた結果と言えるでしょう。
参照
logmiBiz「第二創業期を迎えたサイボウズのインナーブランディング戦略」
https://logmi.jp/business/articles/321507
BusinessInsider 「離職率は4%。なぜサイボウズには求める人材が集まるのか」
https://www.businessinsider.jp/post-177899
ブランディングは抽象的な概念であるため、その評価指標をあいまいに設定してしまいがちです。社外浸透度を明確に測り、PDCAを回していくためには、「内定者数」「応募者数」だけに留まらず、「HPの採用ページ経由での応募数」「ダイレクトリクルーティングでのレスポンス率」など細かく、定量的な指標を作り、先ほど挙げた部署間でも共通して認識する必要があります。
また、社内全体で、どういった目的や戦略で採用ブランディングを行っているのかを共通認識にしていく取り組みも広い意味で運用の一つに当たると言えます。こちらはなかなか定量的に測ることは困難です。代わりに、多くの社員が包括的に採用に関わるよう、面接官やリクルーターを柔軟にローテーションさせ、採用チームとのコミュニケーション量を増やし、浸透度を高めていくといった取り組みも効果的な手法として挙げられます。
以上が、弊社の推奨する採用ブランディングの方法論になります。いかがだったでしょうか。
応募数の増加や長期的な視点で見た採用コストの抑制といった採用面のメリットのほか、自社の価値と求職者の求めるものを適切にマッチングさせることによる早期離職の減少、自社の魅力を再認識することによる既存従業員のロイヤリティや企業の社会的信用度の上昇といった採用外の恩恵が期待できる採用ブランディング。
その成功に向けて、少しでも有意義な情報となれば幸いです。