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【総研ブログ】カーボンクレジットによるオフセットは、なぜ非難されるのか?

作成者: 伊佐 陽介|2025.03.09

バイウィル 代表取締役CSO 兼 カーボンニュートラル総研 所長の伊佐です。

COP29でもメインアジェンダのひとつとされたカーボンクレジットによるオフセットは、誰もが「カーボンニュートラル実現のための補助輪」として必要不可欠なものと認識しはじめています。しかしその一方で、「グリーンウォッシュの誹りを受けるリスクのあるもの」とか、「あくまで自社のGHG排出量削減に取り組むべきなのに、他者の成果をお金で買ってきて目標達成する『良くないもの』」という漠然とした悪い印象が根強くあり、残念ながら、まだまだ世の中で積極的に活用されるには至っていません。

今回の記事は、カーボンクレジットによるオフセットが非難されるのはなぜなのか?そして、カーボンクレジットは本来、どのように活用されるべきものなのか?といった点について解説したいと思います。

脱炭素に必要な「資金循環ツール」=カーボンクレジット

そもそもカーボンクレジットとは、多くの国や企業でカーボンニュートラル実現の目標年とされる2050年などの長期的取り組みの中で、GHG排出量をゼロにすることは不可能でも、排出量と吸収量を均衡状態(ニュートラル)に持っていくことで1.5℃目標を達成しようという考え方・世界観を成立させるために、ルールメイカーが考え出した新たなツールです。

各国・企業などがGHG排出量削減の取り組みを行っていますが、その取り組みにはすべてコストがかかります。当然、そのコストはGHGの排出量が多い者から順に負うべきものとされており、それは国であれば「先進国」、企業であれば「大手上場企業」が代表です。

一方で、「途上国」や「非上場企業」「中堅以下の規模の企業」にも削減のポテンシャルは多くあり、前述の2050年カーボンニュートラル達成という大目標を地球規模で達成するには、「途上国」や「非上場企業」「中堅以下の規模の企業」も含めた全ての人類がコミットしなければなりません。しかし、「途上国」や「非上場企業」「中堅以下の規模の企業」が排出量削減のために追加的なコストを支払うには、まだその必要性をさほど感じていないことなどが要因となり、モチベーションが上げにくく、財務的余力も少ない、という状況です。

そこで鍵となるのが「資金循環」です。「先進国」から「途上国」へ、「大手企業」から「中小企業」へと排出量削減のための資金を巡らせ、各国・各企業の削減努力に見合ったメリットを返すという資金循環の仕組みがなければ、削減活動は維持・拡大できません。その資金循環を実現する仕組みのひとつが、カーボンクレジットです。

より具体的にいうと、カーボンクレジットには、「先進国」や「上場大手企業」が野心的な削減目標を達成するための手段という側面と、それ以上に、「途上国」や「非上場・非大手企業」の削減活動の資金源を生み出す(間接投資)という側面があるのです。つまり、総じて「人類全体が排出量削減にコミットするために必要な資金循環ツール」=カーボンクレジットという訳です。こうして改めて整理・理解し直すと、カーボンクレジットはカーボンニュートラル実現に必要不可欠で、とても有効な社会ツールだということがわかります。

カーボンクレジットによるオフセットが非難される4つの理由

では、カーボンクレジットによるオフセットに、冒頭で述べたような「グリーンウォッシュ」などの批判が集まるのはなぜでしょうか?当然、そこには明確な理由があります。事例を交えながら、4つのパターンで整理しましょう。

①オフセットが排出削減につながっていない
前提として、オフセットは、一定以上のGHG排出削減活動を行ったうえで、追加的に実施するべきものとされています。これは、カーボンニュートラルに向けた目標達成がオフセットに過度に依存すると、最優先で取り組むべき削減活動への直接的な投資が後回しにされ、結果的に本来行うべきGHG排出削減活動が阻害されるという懸念からくるものです。カーボンクレジットの是非はともかく、過去の事例ではHSBCが2005年に「オフセットによってカーボンニュートラルを達成した」との発表をした際、実際の同社の排出量は、オフセットによって達成はされたものの、実態としてのGHG排出量は2004年は約58.5万tから、2005年には66.3万tに増加していたという事実があります。

②オフセット対象の排出量算定精度が低い
カーボンクレジットによるオフセットは、基本的に、「どの排出に対して」「どのようなクレジットによって」オフセットすべきかが定められています。そのため「総排出量●tを、さまざまなカーボンクレジットを合わせて合計●tのクレジットでオフセット」するというやり方は、少なくとも国際ルール上は推奨されていません。

しかし、そもそも一定以上の精度でGHG排出量の算定が行われていなければ、オフセットによって本当に削減目標を達成できているかがわからないことになります。算定の結果、クレジットによるオフセットの対象が1万tだと思っていたら、実は算定が間違っており2万tありましたということが起きてしまった場合、カーボンクレジットによるオフセット量は大きく不足しており、目標達成の主張をすることはできませんし、すべきではありません。例えば、過去Tufts Climate Initiativesが複数のプロバイダを調査した結果、ボストン⇔ワシントンDC間の往復フライトにかかるGHG排出量は、0.19~0.44tという、実際の排出量2倍以上の開きがあったということもありました。。

③クレジット認証機関・プロバイダの信頼性が不十分
GHGもカーボンクレジットも目に見えません。そうである以上、誰が、どこで、いつ、どのようにして、どれだけの排出量削減をしたのか、またそれらが適切に管理され、トレーサビリティは効いているのか、などは、厳格なルールに沿っている必要があります。クレジットの発行を行う認証機関は世界中に複数存在しますが、そこに完全に統一化された基準やルールは現在存在していません。

そこで懸念されることは、「ダブルカウント」と「透明性」です。あるひとつの削減活動と成果が、複数のクレジットとして認証され、取引されるようなことがあれば、単純に考えて、適正なオフセットが行われず。投資対効果は実質半分以下になってしまいます。実は、こうしたダブルカウントが否定しきれない事例や、クレジットの発行にかかる資金がどのように使われたかなどの情報の透明性が担保されないまま「カーボンニュートラル商品」などの謳い文句で売り出された商品は数多くあります。また、クレジットを使ってオフセットされた商品サービスを購入する側やそれを評価する側は、必ずしもクレジットの原資たる削減活動の詳細情報を把握している訳ではありません。よって正しいオフセットが行われているかを知るすべもないのです。

④クレジットの品質が低い
クレジットにも「品質」があります。これは、総じて「本質的にそのクレジットへの投資が世界のGHG排出量削減と1.5℃目標達成に資するものか?」という考え方に沿って評価されます。近年ではCCPs(コアカーボン原則)を根底に、ICVCMなどの複数のアプローチによって明文化が進められており、今後のカーボンクレジット活用においてとても重要な考えであり基準です。(この点に関する詳細は別の機会に解説します)。

大事なのは、クレジットの品質が担保されていないオフセットを回避する(=低品質なクレジットによるオフセットが横行しないようにする)ことで、なかでも「追加性」と「永続性」が重要な要因になります。例えば、ロックバンドのCold Playは、アルバム制作・流通で排出されるCO2を、The Carbon Neutral Companyを通じてインドでの植林プロジェクト(1万本のマンゴー植栽)でオフセットしたと発表ましたが、実際には植栽された樹木の約40%が管理不足で枯死してしまい、想定していた量のオフセットをすることができませんでした。これでは「永続性」が保たれず、せっかくのクレジットへの投資も実質無駄になってしまいます。また、イギリスメディアのSkyは、2006~2007年の事業所等からの温室効果ガス排出量45,000t-CO2を、The Carbon Neutral Companyを通じてブルガリアの再生可能エネルギープロジェクトに投資することなどでオフセットしたと発表しましたが、このプロジェクトはSkyが投資する前から、Sofia銀行も投資していたプロジェクトでした。これでは、プロジェクトへの資金的な「追加性」が担保されず、適切なクレジット投資とは言えません。

投資効率の高い削減活動としてのカーボンクレジットは必要不可欠

このように、上記のような「適切でないカーボンクレジット活用」が、過去実際に行われていたことは残念ながら事実です。そしてこれらが、現在も根強く残る、冒頭のカーボンクレジットそのものやその活用への批判に繋がっています。そして、4つの理由で挙げたげたようなカーボンクレジットの誤った活用を避けるべきことなのも事実です。

しかし一方で、カーボンクレジットへの間接投資全般が忌避すべきもの、という訳ではないことも、認識しておく必要があります。それは、これまでGHG排出量削減の努力をし続けてきた企業ほど、今後は加速度的に追加的削減にかかるコストが上がってしまう(限界削減費用の増加)という現実があります。なぜなら、一定以上削減努力をした企業は、それ以降、さらなるGHG排出量削減のために「1tあたりの削減単価が数万円以上という過剰なコスト」をかけなければならない状況に突入していくからです。

また、よく言及される「Scope3問題」もあります。Scope3削減は決して後回しにしてよい問題ではありませんが、2030年程度の短~中期で大幅にGHG排出量をこれ以上削減することは多くの企業にとって困難で、現実味がなく、削減のための投資加速にどうしてもブレーキをかけてしまいがちです。こうした、「無理なGHG排出量削減活動や投資」を強いるよりも、カーボンクレジットへの間接的な投資を行う方が、むしろ地球規模で見てみると投資効率の高い削減活動になることも否定できません。冒頭で述べた、「先進国」から「途上国」へ、「大手企業」から「中小企業」への「資金循環」を最大効率で回すのであれば、むしろ今後はカーボンクレジットを積極的に活用すべきフェーズに来ている、とも言えるでしょう。

カーボンクレジット活用の4つの問題が解決された未来に向かって

こうした現状認識や見解は日本ではまだまだ広がっていませんが、カーボンクレジット活用をニアタームでは極力回避すべきというスタンスをとる国際イニシアチブの中でも、企業のGHG排出量削減活動や目標達成が危機的状況であり、もっと現実的、かつ効果的で実践的な手段として、オフセット可能な対象やクレジットの品質基準、オフセットする主体である企業のガイドラインなどの検討・準備が進んでいます。SBTiの提唱するBVCMや、VCMIが新たに打ち出した「第四の基準」は、まさにこうした状況を踏まえたものと捉えるのが妥当でしょう。

今後求められるのは「盲目的な自助努力」という直接投資にこだわることでもなく、コストパフォーマンスのよいカーボンクレジット活用による「見せかけの目標達成」でもありません。重要なのは、過去に学び、前述したカーボンクレジット活用の4つの問題を回避することで、「本質的に1.5℃目標に資する高品質クレジットによる効果的オフセット」を選択肢に加え、各プレイヤーが排出量削減計画を見直すことであり、これによってカーボンニュートラル実現の資金を循環させ、全員で地球規模のカーボンニュートラル実現に向かって動き続けることです。

是非、皆さんが今後の気候変動対応や1.5℃目標達成を考える際には、誰からも批判されない、本質的な打ち手としての、戦略的カーボンクレジット活用を検討していただきたいと思います。