2026年4月1日、排出量取引制度(GX-ETS)のフェーズ2が開始されました。日本のCO2排出量の約60%を占める大規模排出企業を対象に、制度への参加が法律で義務化されます。
カーボンニュートラル総研では、本制度の制度設計案に対してパブリックコメントを提出しました(2月24日プレスリリース)。
本メルマガでは、制度の要点と主要な論点を整理し、企業の投資判断にどう影響しうるかを読み解きます。
GX-ETSは、企業ごとにCO2の排出枠を割り当て、排出実績と同量の枠を保有することを義務づける制度です。排出枠が余れば売却でき、不足すれば市場で購入するか、上限価格以上の負担金を支払う必要があります。排出削減を進めた企業が経済的に報われ、遅れた企業にコストが生じる仕組みです。
対象となるのは、CO2の直接排出量が過去3カ年平均で年間10万トン以上の事業者です。電力、鉄鋼、化学、セメントなどを中心に約300〜400社が該当し、日本全体の温室効果ガス排出量の約60%を占めます。
ただし、すぐに排出枠の売買が始まるわけではありません。2026年度はまず排出量の算定期間にあたり、取引市場の開設は2027年秋頃の予定です。排出枠は当面、政府から無償で配分されます。今回の制度設計における主要な論点は、①排出枠の割当量、②取引価格の上限・下限、③排出枠の繰越し(バンキング)の3点です。以下、それぞれ整理します。
排出枠の割当量は、業種ごとに2つの方式で決まります。エネルギー多消費分野を中心に、製品あたりの排出原単位を基準とするベンチマーク方式(BM)。BMの設定が困難な業種については、過去の排出実績に一定の削減率を乗じるグランドファザリング方式(GF)が適用されます。注目すべきは、BMの基準年度における水準が「同業種内の上位50%」、つまり中央値に設定されている点です。業界の半数の企業がスタート時点で既にクリアしている水準であり、2030年度の目標も上位32.5%にとどまります。GFの削減率も年率1.7%(5年で8.5%)が上限。いずれの方式でも、多くの企業にとって余剰枠が出やすい設計です。
総研が実施した企業アンケート(228社、大手企業中心)の結果も、この見方を裏づけています。制度案を受けて脱炭素戦略を「加速する」と答えた企業は16.7%。「従来通り」が67.1%、「減速する」が9.6%でした。
GX-ETSの目的のひとつはGX投資の誘発ですが、7割超の企業が投資行動を変えないか弱めると回答しており、現時点でその効果は出ていません。
取引価格には上限と下限が設定されています。上限価格は、排出枠が市場で高騰した場合でもこの価格で義務履行を完了できる仕組みで、本来は異常高騰時のセーフティネットです。
2026年度の上限価格は4,300円/トン。総研アンケートでは、この水準を「安い」と答えた企業が58.8%、「高い」と答えた企業は、はわずか11.4%でした。上限価格が自社の削減投資コストより安ければ、社内の投資決裁で「設備投資するより排出枠を買った方が安い」という判断が通りやすくなります。約6割の企業が「安い」と認識していることは、この逆インセンティブが広く成立しうることを示しています。
下限価格は1,700円/トン。総研アンケートでは68.7%が「安い」と回答しました。この価格は、東証カーボン・クレジット市場の取引量がまだ非常に少なかった時期の省エネクレジット平均取引価格を根拠としています。当時は需要が限られ、削減事業者にとって採算割れの水準でした。今後、削減プロジェクトのコストが上昇していく中で、この水準では新たな削減事業を進めることは困難です。
余った排出枠を翌年度以降に繰り越す仕組み(バンキング)については、過剰な繰越しを抑制する方向性は示されていますが、具体的なルールは今後の検討に委ねられています。
GX-ETSの直接対象は約300〜400社ですが、日本の排出量の約60%を占めています。これらの企業が排出枠の取得や削減投資にかかるコスト(炭素コスト)を製品価格やサプライチェーンの調達条件に反映し始めれば、取引先企業にも影響は波及しうるものです。GX-ETSは「対象企業の制度」ではなく、サプライチェーン全体のコスト構造の問題です。炭素コストは環境部門の管理項目ではなく、調達・投資・価格設定に関わる経営変数になります。
2033年度からのフェーズ3では、発電部門から排出枠の有償化が予定されています。発電は日本のCO2排出の約4割を占めており、有償化が進めば電力価格への転嫁も含め、排出枠にかかるコストの影響はさらに広がります。
フェーズ2の制度設計は出そろいましたが、今回の設計が最終形ではありません。フェーズ2の間に、自社のサプライチェーンへの影響を把握しておくことが、次の備えになります。