2025年12月19日に開催された第7回排出量取引制度小委員会において、GX-ETSにおける排出枠の上下限価格の水準が示されました。先行する欧州等の水準に比べると低く設定された今回の上下限価格については、産業競争力の維持に繋がったという評価や脱炭素の動きが鈍化するという声など、相反する意見が発表されています。
今回の上下限価格設定の光と影について、S.Endoが解説します。
GX-ETSはGX経済移行債20兆円の償還原資を確保するための制度として始まっています。そのため、NDC達成水準や東証CC市場の価格形成と、必ずしも連動するよう設計されているわけではありません。この点はまず基本的な考え方として理解しておく必要があります。
また、GX-ETSフェーズ2の対象となる企業は、直近3か年平均の直接排出量が10万トン以上の企業約200~300社です。カーボンクレジットの利用については、J-クレジットとJCMが利用可能となっています。
ETSは先行して欧州や韓国、中国、カナダ、オーストラリアなどで運用されています。欧州では10,000円以上となっている一方で、韓国や中国、カナダなどでは年間で平均すると3,000円程度と大きく開きがあります。
ここで気になるのが、炭素国境調整措置(CBAM)です。対象となる製品は限られているとはいえ、国外への資金流出とともに、技術開発のインセンティブも海外へ渡してしまう、という点で、低いETS価格が産業界にとって必ずしも良いことだけではないと言えます。
今後5年間の実質価格上昇率は、3%と発表されました。実際は、物価上昇率を加えた数字が、(名目)価格上昇率として毎年適用されることになります。価格予見性を高めることで、企業側のリスクを減らす効果はありますが、先行投資のインセンティブは抑制されてしまいます。決め打ちの数字にするのではなく、ある程度の幅は示しつつ、今後の情勢を見ながら変更していく形が適切だったのではないかと考えます。
また、3%という数字に関しては、発電コストや加重平均資本コストを参考にしています。しかし、脱炭素技術の開発には相応のリスクがあることを考えると、少なくとも既存の発電コストや上場企業の加重平均資本コストを上回る水準としないと合理的ではありません。物価上昇率を3%と仮定すると、合計6%の価格上昇率となり、これを金額で示すと、2030年時点の上限価格は約5500円と計算できます。この1.1倍の金額がペナルティとなると考えると、約6000円となり、J-クレジットを購入するか、ペナルティを支払うか、どちらが経済合理的か?ということで企業の意思決定はなされることになります。
下限価格1,700円、上限価格4,300円という案ですが、CBAM問題や価格上昇率の設定水準以外にも光と影の両面があります。
一つは、上限価格が比較的低水準に設定されたことで、企業の負担は限定的となりましたが、下限価格も低く設定されたため、脱炭素が進んでいかないという点です。脱炭素のコストが上昇している中、ペナルティを払えばよい、と考える企業が出てきてもおかしくありません。制度の趣旨がGX移行債の償還であることだけを見れば、それでも良いかもしれませんが、本質的に脱炭素に結び付いておらず、制度の形骸化にもつながりかねない懸念が生じます。
次に、上限価格設定の根拠としては、燃料転換コストの水準を踏まえて決定することが明確に示されたことで、取り組みが理解しやすく、一定の合理性を担保したと言えます。しかし、燃料転換コストは、為替や資源価格の変動の影響を大きく受ける危うさを内包しています。今後、為替が円高に振れて、世界的に景気が後退し資源価格が下降した場合、上限価格は低くなり、脱炭素のインセンティブが働かないということも起こり得ます。
そして、最後が、流動性の低迷による価格高騰を抑制するために過度なバンキングを抑制するという方針については、その通りではあるものの、先行して脱炭素に取り組む企業のインセンティブを阻害するという側面も見逃せません。
GX経済移行債20兆円償還の時期が変わらないとすると、足元の単価(つまり、上下限価格の幅)が低かった場合、後半に向かって単価が加速度的に上昇していくことになります。
短期的には、カーボンクレジットや再エネ証書を購入してオフセットするよりも、自社での削減努力を進めた方がコスト安となる、あるいはペナルティを支払えばよいという選択肢も考えられますが、いずれ限界が来ます。
一方で、CCUSをはじめとする様々な脱炭素化技術の開発が進んでおり、大きな技術的ブレークスルーが起これば、一気に脱炭素が進む未来も予測され、こうすれば必ず大丈夫といった唯一の正解はありません。
そのため、自社の状況やリソース、将来シナリオなどに合わせた脱炭素ポートフォリオが必要であり、その上位概念として中長期的な脱炭素戦略を立案し、定期的に見直しを行うことで変化に対応していくことが重要となります。