創業104年、岡山県津山市で地域のエネルギー供給を支え続けてきた津山ガス株式会社。
かつては新しい技術や環境への取り組みに対して決して積極的とは言えなかったという同社が、今やJ-クレジットの有効活用に加え、e-メタン(排出された二酸化炭素とグリーン水素から製造される都市ガスの原料)の導入検討、水素エネルギーの利活用検討など多角的な視点からカーボンニュートラルの実現に積極的に取り組んでいます。
その象徴的な一歩が、2025年9月25日、津山ガス、岡山県鏡野町および株式会社バイウィルとの間で締結された「森林クレジットに関する連携協定」でした。
津山ガス、岡山県鏡野町、バイウィルが森林クレジットに関する連携協定を締結
本協定により、鏡野町が創出する森林由来のJ-クレジットを、津山ガスが今後8年間にわたって継続的に購入・活用することが決定。この取り組みは岡山県内におけるCO2削減の「地産地消」や林業活性化を推進する、全国的にも先駆的なモデルケースとなりました。
新技術や環境への取り組みに乗り気でなかった津山ガスがなぜカーボンニュートラルに取り組むに至ったのか。今回、津山ガス株式会社 地域事業推進部 部長の冨部様にお話を伺いました。
J-クレジットの調達支援
<目次>
──e-メタンや水素エネルギーなど、脱炭素社会の実現に向けて積極的に動かれています。こうしたサステナブルな活動へ舵を切った背景や、当時の課題感についてお聞かせください。
冨部様:かつての当社の大きな課題は、「情報収集不足」と「動き出しの遅さ」にありました。他社の当たり前についていけず、自ら新たな情報を取りに行くこともしない、新しい技術への取り組みに極めて消極的な組織だったのです。環境問題は大企業や都市部が考えることだと、どこか他人事のように捉えていました。
転機となったのは2020年の「カーボンニュートラル宣言」と、その翌年にある工業団地への都市ガス供給が決定したことです。当時、e-メタンの議論が活発化していたこともあり「このままでは周りから取り残され、会社が衰退してしまう」という強い危機感が社内で共有されました。
そこで2021年にプロジェクトチームを立ち上げ、情報の積極的なキャッチアップを開始しました。単に他社に遅れないだけでなく、むしろその一歩先を走ることを目標に据えたのです。現在私たちが目指しているのは、岡山県北において「脱炭素や水素、e-メタンといえば津山ガス」と言われるような企業になることです。地方のエネルギー会社として生き残るためには、「国が推進する環境政策の最先端を走るくらいでないとだめだ」という思いが根底にあります。
──外部環境の変化から生じた危機感が背景にあったのですね。
冨部様:その通りです。当社の都市ガス販売量の約8割は、わずか7社の工業用顧客が占めています。その中にはプライム上場企業も含まれており、各社とも非常に高いカーボンニュートラル・ビジョンを掲げています。
もし私たちが脱炭素に対応したガスを供給できなければ、お客様は目標を達成できません。ガスのCO2排出を実質ゼロにすることは、お客様の期待に応え、当社のビジネスを継続させるための絶対条件なのです。
また、前津山市長が打ち出した「水素で津山を動かす」という構想も大きな追い風となりました。当社の社長はもともと研究職で水素に詳しく、「いつかその時代が来る」と言い続けていました。自治体の動きと、地元エネルギー企業としての当社の使命感、そして社長の専門性が合致し、市と連携して先頭に立って取り組んでいく体制が整ったのです。
──今回の取り組みでは「地域貢献」も重要なキーワードになっています。御社がこれほどまでに地域への想いを重視される背景を教えてください。
冨部様:当社は津山市で創業して104年になります。今日まで歩んでこられたのは、ひとえに地域の皆様に支え続けていただいたからこそという想いがあります。
現在、津山市内には大手プロパンガス会社の拠点もあり、オール電化の普及も進むなど、エネルギー供給の競争は非常に激しい状況です。その中で、これからも地元の皆様に選ばれ続けるためには、単にエネルギーを売るだけでなく、地域社会の一員として貢献していく姿勢こそが不可欠だと考えています。
──オフセット都市ガスの導入を検討される中で、お客様からはどのような声があったのでしょうか。
冨部様:きっかけは、私たちがガスを供給している工業団地内のお客様からの問い合わせです。このお客様の別工場が2026年4月からオフセット都市ガスの導入を計画された際、本社から「そちら(津山ガスが供給しているお客様の工場)はどうなっているんだ」と確認が入ったそうです。そこから「津山ガスでも同じようなものを購入できるか」と相談をいただいたのが始まりでした。
調査を進めるうちに、GX-ETS(排出量取引制度)の本格始動や、2050年カーボンニュートラル宣言に向けた2030年の中間目標達成に向けて、企業がクレジットを切実に必要としている状況が見えてきました。
社内でも「いざ求められた時に、迅速にクレジットを提供できる体制があるのか」という議論があり、「まずは少額からでも早期に、かつ長期的にクレジットを確保するべきだ」という結論に至りました。今回調達した量は、そのお客様の年間使用量の20%程度ですが、これは「準備の第一歩」としての意味合いが大きいです。
──――クレジットには様々な由来がありますが、今回「森林由来」を選ばれた理由を教えてください。
冨部様:社内で「長期的にクレジットを確保すべき」という方針が固まり、どのようなものが適しているのかバイウィルさんに相談したところ、「長期契約が可能なのは森林由来クレジットである」とアドバイスをいただきました。
地域の土地を保全し、脱炭素に貢献する森林という資源から創出されるクレジットは、当社の目指す方針にピッタリでした。しかも、もう間もなく隣町の森林から作り出されるクレジットがあると教えていただき、何かご縁を感じずにはいられませんでした。
また、継続的に脱炭素へ取り組むために、今後、クレジットの価格が上昇していく可能性がある中で、初期の段階で調達に必要な金額を確定できたことも良かったです。多少単価が高くても確実にクレジットを調達することを優先しました。
但し、将来的には森林のみならず、再生可能エネルギー由来のクレジットや、省エネルギー由来のクレジットを調達することも視野に入れています。
──――すべてを森林由来にするのではなく、他の方法論との組み合わせも視野に入れているということですね。
冨部様:その通りです。とはいえ、軸となるのはすでに長期分として確保したクレジットです。これをベースにしながら、隣町である「鏡野町」というストーリー性を活かしたアピールができます。たとえば、供給するガスを鏡野町のクレジットでオフセットすることで、「このガスを利用することで、隣接する鏡野町の森林保護に貢献しています」といった発信を予定しています。
津山ガス株式会社 冨部様
──競合他社との差別化という点でも、大きな武器になりそうでしょうか。
冨部様:非常に有効だと考えています。当社の都市ガス供給エリアはほぼ独占に近い状態ですが、エネルギー市場全体で見れば、電気の再エネ化や他社による「カーボンオフセットLPG」の販売など、激しい攻勢を受けています。
こうした中で付加価値をどうつけるか模索していたタイミングで、たまたま隣の鏡野町の案件に出会いました。地域の森林を守るという文脈は、地方のエネルギー会社である当社にとって、非常に説得力のある取り組みだと確信しています。
──オフセット都市ガスの販売検討を進めるにあたり、社内ではどのような議論がありましたか。
冨部様:正直なところ、当初は「そんなものを買って本当に活用できるのか」という抵抗感がありました。しかし、クレジット自体に期限がなく、仮にガスへの付加が想定通りに進まなくても市場で転売できるといった「リスクヘッジ」が可能であることを共有し、徐々に理解を得ていきました。
一番の決定打となったのは、やはり工業団地のお客様からの切実な声です。2030年の目標達成に向けて、「設備への巨額投資をせずとも、ガス代への上乗せだけで排出量を削減できる選択肢を準備しておいてほしい」という具体的な要望をいただいたことが、大きな後押しとなりました。
──自社での活用についても検討されているのでしょうか。
冨部様:もちろんです。まずは自社がゼロでなければ、お客様への説得力がありません。本社の空調に使用する都市ガスや、配送車・社用車の燃料分についてもクレジットでオフセットし、自社のカーボンニュートラル化を検討しています。
単にガスを売るだけでなく、お客様の脱炭素化をトータルで支えるコンサルティングのような領域まで踏み込んでいきたいと考えています。
──「脱炭素」という切り口が、新たな事業の柱になりつつあるのですね。
冨部様: はい。その決意の表れとして、これまで「カーボンニュートラルプロジェクト」としていた組織を、今年から「新ビジネスプロジェクト」へと名称変更しました。単なる環境活動に留めるのではなく、しっかりと収益を生むビジネスとして確立させていく。今回のカーボンオフセット都市ガスやLPガスの販売検討は、まさにその「新ビジネス」に向けた重要な第一歩だと位置づけています。
──今回、鏡野町のクレジットを選ばれたのは、やはり「隣町」という近さが決め手だったのでしょうか。
冨部様:実は、最初は本当に偶然だったんです。当初の私たちの優先事項は「一定量を長期的に確保すること」であり、その条件に合うのが森林由来のクレジットでした。森林由来は他と比べてコストはかかりますが、その分「産地」を明確にしたPRができるという強みがあります。
そこで検討を進める中で、バイウィルさんから「実は隣の鏡野町のクレジットがあります」というお話をいただいたんです。隣町で創出されたクレジットを私たちが買い取り、地元の工場やお客様に提供することで、「地域の企業が力を合わせて鏡野町の森林を守る」。このストーリー性に魅力を感じ、そこからはほぼ鏡野町一択でトントン拍子に話が進みましたね。
──一連の取り組みを通じて、なにか反響はありましたか?
冨部様:反響は想像以上に大きいものでした。経済産業省中国経済産業局が発行する事例集や専門紙に取り上げられたりしました。岡山県内の森林J-クレジットを顧客に販売する事例は、中国地方のガス会社としては初ではないかと思います。
実は先日、別の会社からも「一緒に脱炭素ビジネスをやりませんか」と営業の電話をいただいたのですが、「うちはもうバイウィルさんと組んでいますから」とお断りしたほどです 。
──そこまで信頼を寄せていただき光栄です。実際にバイウィルと取り組まれてみての印象はいかがでしょうか。
冨部様:一番は、とにかく「フットワークの軽さ」ですね 。ホームページから問い合わせをした際、数分後にはもう電話がかかってきたことには本当に驚きました 。
また、鏡野町の案件という最適な提案があったことはもちろん、万が一の際にも近隣の鳥取県のクレジットを提案いただけるといった、取り扱っているプロジェクトの豊富さにも助けられました。対応の速さと選択肢の多さ、この両面において非常に満足しています。
──今後、鏡野町のクレジットを活用したオフセット都市ガスを、どのようなお客様に届けていきたいとお考えですか。
冨部様:工場などの大口のお客様はもちろん、津山市内のホテルや銀行、大きなビルなども想定しています。使用量が比較的少ないお客様であっても、わずかなコスト負担で「鏡野町の森林保護に貢献している」という具体的な価値をPRできる点は、非常に面白い訴求ポイントになると確信しています。
──他にも、この取り組みを活かした具体的な計画などはありますか。
冨部様:毎年11月に開催している「ガス展」というイベントがあります。今回は会場で使用する電力・ガスのCO2をすべてオフセットした「カーボンニュートラルガス展」として開催する計画です。 当日は鏡野町の方々にもご協力いただき、森林のPRや間伐材を使った子供向けの遊び場を作るなど、地域と連携した取り組みをさらに深めていきたいですね。
──その「ガス展」とは、どのようなイベントなのでしょうか。
冨部様:一言で言えば「地域のお祭り」です。ガス機器の大商談会という側面もありますが、地域商社による特産品の販売や、消防音楽隊の演奏、地元大学によるヒーローショーなど、とにかく賑やかに行っています。私たちも「CO2が出ないガスの仕組み」を子供たちに面白おかしく伝えたりしています。
実は毎年、当社のブースで販売する「大学芋」が名物になっていまして、それだけを目当てに来場されるお客様もいるほどです。そうやって何年も遊びに来てくださる方が、10数年に一度のタイミングで給湯器を買い替えてくださる。そんな温かい地域のつながりを大切にしているイベントです。
──それは素敵ですね。「オフセット大学芋」なんて名前で売り出せば、さらに盛り上がるかもしれませんね(笑)。
──最後になりますが、クレジット費用が鏡野町の森林に還元されることで、どのような未来を期待されていますか。
冨部様:鏡野町さんでは、町の木で小学校の机を作るといった素晴らしい活動をされています。私たちの購入費用がそうした地元の活動の継続に役立ってほしい。山が整備され、間伐材が製品になり、それが子供たちの未来への還元に繋がっていく。そんな健全なサイクルを期待しています。
──エネルギーを通じて、地域の環境と次世代を守っていくということですね。
冨部様:そうですね。鏡野町にはキャンプ場も多く、多くの観光客が訪れます 。そうした方々への環境啓発活動にも役立てていただければ嬉しいです 。
何より、この取り組みが子供たちの未来への還元に繋がることが大切だと考えています 。例えば、地元の木を使ったおもちゃや積み木が子供たちに届けられるといった、目に見える形での還元も面白いかもしれません 。地元のエネルギー企業として、これからも地域と手を取り合いながら、次の100年に向けた持続可能な社会づくりに貢献していきたいと考えています。
──「地域の支えがあって今がある」という104年の歴史を大切に、ガスというエネルギーの枠を超えて、地域の未来そのものを守り育んでいく。そんな地元のエネルギー企業としての強い覚悟を感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。(取材日2026年3月13日)