2026年に創業140年を迎える中日新聞社は、同年の元日から「あたらしいきょうを編む。この地とともに。」という企業理念を掲げました。この背景には、ジブリパークの運営参画をはじめ事業が多角化し、従来の「新聞社」という枠組みではグループの姿が表現しきれなくなった、という問題意識がありました。
そこで着手したのが、企業理念体系の抜本的な刷新でした。このプロジェクトの特長は、その座組にあります。外部コンサルティングチームが提案、経営陣が意思決定しトップダウンで社内浸透を図るという、よくあるスタイルではなく、あくまで「社員主導による内製化」を志向し、ボトムアップを起点に議論を重ね、経営陣との対話を繰り返しながら、新たな企業理念体系を磨き上げていきました。
そしてこの取り組みを支えたのが、バイウィルによる「伴走支援」でした。
同社が「社員主導による内製化」を志向する中、どのように社外の第三者が介入したのか。理念体系を刷新するだけでなく、社員一人ひとりが理念を自分ごととして捉え、全社に浸透していくことまでを見据えたプロジェクトとはどのようなものだったのか。中日新聞社様へのインタビューを通して紐解きます。
ご提供サービス
【準備フェーズ】
・社内外イメージ調査~分析
・組織文化に関する社員アンケート調査~分析
【土台構築フェーズ】
・理念体系策定ワークショップ(存在意義・ビジョン・行動指針)
・ブランドパーソナリティ策定
【クリエイティブフェーズ】
・理念体系コピーライティング支援(存在意義・ビジョン・行動指針)
・各種ビジュアル策定支援(社章・コーポレートロゴ・コーポレートカラー)
【プランニングフェーズ】
・ブランドロードマップ策定支援(ブランディングに関するKPIとその運用方法)
<目次>
軽い社内手続きのはずが、企業理念体系刷新プロジェクトに
「名刺を他社との会話の糸口にしたい・・・」すべては名刺裏面へサービスを記載しよう、という社内提案から始まった
──今回の企業理念体系刷新プロジェクトはどういった経緯で始まったのですか?
本宿様:私たちの所属する新規事業部は「新しい事業をどんどん作っていこう」というミッションを持った組織です。必然的に多くの会社さんとお話しする機会が増えます。
当社は「新聞社」なので新聞事業が主体であることに変わりはないのですが、実際は多様なリソースがあります。スポーツイベントもあれば、グループには施設運営(ジブリパーク)や球団運営(中日ドラゴンズ)、もっと小さいものまで含めると、本当に多種多様な事業を展開しています。
そこで「名刺の裏面に、自社で展開している様々なサービスを記載したいね」と社内で話していたのです。名刺交換のとき「実はうち、こういうこともやっています。御社(ご対面企業様)の事業とご連携できる領域はありませんか」など、アイスブレイクや会話を広げる糸口になるのではないか、と。そんな現場としての本当に軽い気持ちでの提案が、すべての始まりでした。
「枝葉でなく幹を議論せよ」投げ返された思いもよらぬボール
──その現場の提案が、どのように全社的な企業理念体系刷新プロジェクトへと発展したのですか?
本宿様:正直、最初は名刺の裏面を変えるくらい、ちょっと手続きをすればできると思っていたのです。しかし、実際にはいろいろな社内規定があり、複雑な手続きを踏む必要がありました。所管部門とも話をまとめた後、最終的には経営層の決裁承認へと進んでいきました。
すんなりいくかと思っていたのですが、回答は、「ブランド全体を捉え直す、良いきっかけではないか」という話でした。「名刺を変えるのはあくまで枝葉の話。幹の部分からしっかり議論しなさい」という、思いもよらぬ宿題を提示されてしまいました。
──なるほど。軽い提案のつもりが大きな宿題として戻ってきたわけですね。「幹を議論せよ」というボール、当時はどのように受け止められたのですか?
本宿様:こちらとしては、「名刺の記載を変えようぜ」くらいの軽いノリでしたから、戸惑いはすごく大きかったです。ただ今回、我々現場社員からの提起に対し、これだけ大きな宿題が戻ってきたというのは、経営陣の中でも一定の問題意識があったことの裏返しかな、と思い、比較的前向きに受け止めることができました。
荘加様:補足しますと、象徴的だったのが2022年にジブリパークがグループの中に加わったことです。いよいよ本当に、単なる「新聞事業」という言葉だけでは私たちが何者かを表現できないグループ構成になり始めている。そんな実態の変化が、背景として、非常に大きく影響していたのではないかと思います。
中日新聞社とスタジオジブリがジブリパークの管理運営を担う新会社「株式会社ジブリパーク」の共同設立を伝える記事
「ジブリの世界、心待ち 愛知・長久手に22年秋開業、運営会社設立」(2019年11月2日 中日新聞)
荘加様:中日新聞社ならびに中日グループをどのように打ち出していくかという問いは、経営陣の根底に常にあったのだと思います。経営陣も「変わらなきゃいけないし、実際なんとなく変わってきているよね』という認識を共有していた。そんな共通の土壌があったからこそ、このプロジェクトも一気に動き出せたのだと思っています。
経営陣から示された内製化の方針。付きまとう不安とバイウィルに託した「限定的な」伴走支援
──「幹(ブランド全体)を議論せよ」という宿題から、企業理念体系刷新プロジェクトを推進することになった経緯を、もう少しお伺いできますでしょうか
荘加様:課題意識自体は経営陣と共有できていたのですが、「じゃあどう進めるか」という部分に関しては相当の議論がありました。
まずプロジェクトの課題を以下のように構造整理しました。
1. 事業展開が多角化する中、社内外から見て「中日新聞社が何をやる会社なのか」がわかり難い(状況)
2. 中日新聞社が多角化することの必然性を、公式に説明できるものが必要(幹)
3. 本来幹として機能する企業理念は、新聞事業のみであった1950年代から変わっていない。企業理念を見直すタイミングではないか
ただし、単に「企業理念を見直す」といっても、それこそ企業の根幹をなす最上位概念であり、お取引先様に対して事業に取り組む姿勢を示すものに他なりません。
もちろん、社内でも従業員のエンゲージメントや、ロイヤリティに直結する非常に重要なものです。
加えて、新聞社である以上、記者や紙面デザインに携わる社員を擁しているのだから、「表現に関わる部分は自分たちで完結せよ」という厳しい注文がつきました。具体的にはコピーとVIデザインの部分です。
とはいえ広告業界から転職してきた私から見ても、企業理念体系の刷新に求められるスキルセットは新聞記者の記事執筆や紙面編集といった通常業務や、広報・PRとは異なります。正直なところ、「内製だけで企業理念体系刷新まで風呂敷を広げるのは、ちょっと無理じゃないか」と、思ってしまったのが本音です。
──課題の認識は共有できたが、進める上での不安と向き合う形になったのですね。不安を取り除くために行ったことがあれば教えてください。
荘加様:何よりもまず、外部パートナーの選定でした。やはり専門家の知見が無いと、議論が独りよがりになってしまいかねませんし、議論の収斂も困難です。それでは企業理念体系の刷新は難しいと考え、経営陣と議論を重ねました。外部がコミットすることへの慎重な意見は根強いものがありましたが、最終的には、「表現に関わる部分は自分たちで汗をかくこと」を条件に、プロジェクトを完遂するために必要なサポートを外部から受けることの許可を得られました。
「汗をかくこと」を踏まえ、外部パートナーへの依頼は、「事務局のサポート」「専門性を持つ第三者としての立場からの議論整理・収束・示唆出し」と限定した形としました。
そのようなプロジェクトの特性を、背景まで踏まえて理解、尊重してくださったのがバイウィルさんでした。
「有名なクリエイターさんやコンセプターさんを連れてきます」という単純な提案ではなく、企業理念体系刷新プロジェクトを「運営・推進するとはどういうことか。留意すべきポイントは」に寄り添った提案をいただくことができ、「我が意を得たり」、という気持ちになりました。
具体的には、従業員主導でプロジェクト推進するときに考えられるリスクやデメリットを分かり易く提示するとともに、解消の方法をお示しいただきました。また、ともすれば発散してしまいがちな概念論を、まとめ上げていくために必要なポイントがどこにあるのかなど、自分ごととして企業理念体系刷新プロジェクトに向き合う私たちが知りたいこと、求めていたサポートが折り込まれた提案でした。
本宿様:経営陣から「汗をかくこと」を求められた背景として、パートナーが主導することの懸念もありました。本件に限らず、外部パートナーやコンサルタント主導によってアウトプットを作成し、依頼者がコメントバックして意思決定を進めていくパターンでは、プロジェクト終了後の社内浸透が難しくなるのでは? という懸念です。要するに、「社外の人が作ったもの」と認識されてしまい、「自分ごととして受け入れる」ことが難しいのでは、というものです。
これは個人的な経験なのですが、プライベートで、とあるプロスポーツチームのリブランディングプロジェクトに立候補、参加したことがあります。そのプロジェクトでは複数回のワークショップが実施され、メンバー同士が意見を出し合い(発散)、それをプロが収束・統合し、パーパスをはじめとする成果物に仕上げる、という進行がとられました。結果として、プロジェクトに参加していないファンからも受け入れられるブランドが完成できました。
ファンであろうと社員であろうと「関わりが深いステークホルダー」という点では、状況は同じです。浸透までを考えるのであれば「外から押し付けられた」と捉えられることのない、バイウィルさんの提案のような伴走型支援が適していると考えました。
「理念体系の土台整理」と「表現への昇華」。異なるステップをどう推進したのか
社外の「第三者」が仕切るワークショップの効用
──改めて、バイウィルをご選定いただきありがとうございます。外部パートナーの選定が完了し、いよいよプロジェクトがスタートすると思いますが、どのようなステップでプロジェクトは進んだのでしょうか?
荘加様:プロジェクトの最初に経営層インタビューを実施し、トップから「不易と流行を大事にしよう」という声がありました。それをプロジェクトチームでは「残すべきものは残し、足らざるものを足し、改めるところを改める」と解釈し推進していきました。
この方針を前提に、プロジェクトは大きく2つのフェーズに分けて進行しました。まず半年かけて、ワークショップを実施しました。理念体系の土台を各メンバーが集まって作ったのです(「土台構築」フェーズ)。そして、さらに半年をかけて実際の表現(「クリエイティブ」フェーズ)と社内外浸透に向けた実施計画(「プランニング」フェーズ)を策定しました。
バイウィルより提案した実施施策の全体像

──まずは「土台構築」フェーズについてお伺いします。最初の半年をかけて、ワークショップを通じて理念体系を整理したとのことですが、スムーズに進んだのでしょうか。
荘加様:前段のワークショップはバイウィルさんのおかげでスムーズに進みました。結果、当社が抱える多様な事業と140年の老舗企業としての歴史、双方をカバーした整理ができました。具体的には、当社のDNAとも呼べる社是をどのように新たな企業理念体系に接続させるか(残す)、現代の潮流及び当社事業の実態に合ったものとするか(足す)、既に存在していたバリュー要素(執務綱領)をどのように変更するか(改める)といった点については、幾度も議論を重ねました。最終的に、社是は新・理念体系のすべての要素を貫く柱としてそのまま生かすこととしました。ビジョン要素は、旧経営方針の一部要素の踏襲と新たな要素をハイブリッドさせるかたちで構成し、バリュー要素は、パーパスを踏まえた新要素としてすべてを置き換えるかたちにしました。こうして、140年企業としてのアイデンティティを保ちながら、これからの当社にマッチする理念体系へと昇華させることができました。
本刷新PJで定めた新・理念体系の構成要素
──バイウィルはファシリテーターとして、どのような存在でしたでしょうか?
本宿様:個人的には「プロジェクトを前に進める」「異なる意見を統合する」ところにすごさを感じていました。ワークショップには、最初からファシリテーターの想定しているゴールに向かって議論を誘導していく手法があると思います。しかしバイウィルさんはそのような手法を取らず、メンバーから色々な意見がわーっと出るなかで瞬時に論点整理をしながら、次の質問で更なる意見を引き出していました。このファシリテート能力はすごい、と思っていました。
──「事前に決められたゴールに向かっての議論」ではなく「社員から意見を引き出してくれている」ということですが、具体的にそう感じられたのはどのようなところでしたか?
荘加様:なんとかメンバーの意見を引き出すため、様々な角度から示唆を投げかけてくれました。メンバーが何に迷っているのかを的確に捉え、それに応じた適切な観点出しをすることはもちろん、時間が足りないとなれば追加議論の実施もしてくれました。本当に誠心誠意向き合ってくださっていることはこちらもわかりましたので、ありがたかったですね。
社内のメンバーだけで、ワークショップ、「土台構築」フェーズを走り切ることはおそらく難しかったと思います。身内同士のコンフリクトで、きっと「頓挫」してしまっていたでしょう。笑
本宿様:仮に社内にファシリテート能力を持った社員がいたとして、その人間が推進していても、うまくはいかなかったと思います。どうしても「ファシリテーターの所属部署や経歴・肩書き」といった「色」で見てしまい、無意識にポジショントークを警戒してしまったと思います。ワークショップで意見が出ないことや、最悪「こんなのやめちまえ」と「内乱」が生じるリスクさえあったと思います。
こうしたプロジェクトには、熱意のある人たちが参加しています。「会社を良くしたい」という強い思いがあるゆえに、「その思いを裏切られた」と感じられてしまうと、荘加のいう「頓挫」につながりかねません。バイウィルさんのようなファシリテート能力の高い第三者に入っていただくことは、ワークショップを成立させるうえで不可欠な要素だったと考えています。
思いもよらぬ経営陣との議論の活発化。それは自分ごと化プロセスの一端だった
──土台構築が完了し、いよいよ「表現を煮詰めていく」、「クリエイティブ」フェーズに入っていきます。こちらも様々な苦労があったのでしょうか?
荘加様:表現に関わるフェーズで感性的な部分でもあり、ここはかなり大変でした。同じ文章でも新聞記事とコピーは性質が異なります。また新聞社が手掛けるデザイン、例えば事件現場の地図などを普段つくっている社員がロゴを制作するというのは、デザインジャンルが大きく異なるので非常にハードルが高い。バイウィルさんにディレクション等のサポートに入ってもらい、彼らの能力を引き出し、やり切れました。
本刷新PJで整理した理念体系の全体像

荘加様: また、これは嬉しいことではあるのですが、いよいよプロジェクトチーム内で議論が収斂し、こういう理念・方向性でいきましょうと経営陣に提示する段で、思いのほか議論が活発化したことがありました。紛糾といっても良いかもしれません。経営陣にも記者出身者が多く、内容に対するこだわりが噴出したのです。
「ジャーナリズムとはこうあるべき」といった考えに加え、社に対する想い、そして文章へのこだわりが相まって、議論が百出。収束するのに時間がかかりました。しかし、振り返るに経営陣の言わんとすること、目指すところは提示した我々と一緒で、粒度・抽象度の問題でした。いわばこの紛糾は、策定の当事者ではなく承認者である経営陣が自分ごと化してくれるプロセスだったのです。ありがたい産みの苦しみでした。
結果、存在意義の中に「平和」を希求するくだりを入れ最終的な結論へと導かれました。なぜ我々がジャーナリズムをやるのかという原点に立ち返った時、「平和」はそのうちの重要な一要素であると考えたからです。
中日新聞社 理念体系ページ内「存在意義」に記された「命を尊ぶ、争いのない世界になるために。」という一文。
荘加様:新聞事業以外の事業も含めて考えると、「ジャーナリズム」という用語そのままでは窮屈さを感じてしまいます。しかしその根底にある想いを汲み取り、創業から大事にしてきた「平和」へと接続させるブラッシュアップができたと考えると、経営陣との議論も非常に有意義であったと考えています。
積み上げた理念体系の土台に立ち返り“じわじわと浮かび上がった”「あたらしいきょうを編む」というタグライン
──経営陣とプロジェクトチーム、それぞれの熱い議論の末に理念体系が出来上がったのですね。新たなタグラインは「あたらしいきょうを編む。」。この言葉はどうやってできたのですか?
荘加様:土台構築段階で、バイウィルさんと「当社には広義の情報編集力がありますよね」という整理をしました。新聞の紙面・記事もさることながら、イベントを運営すること、不動産や街づくりができるのも、全部広義の情報編集力に基づくものですよね、と。
この議論のなかで「新聞づくりを起点に広がってきたグループの多様なサービス、機能を、包含しつつ平易な動詞にすると、『編む』だよな」とぼんやり考えていたところもあり、私から「編む」という言葉を提起してみました。
何を「編む」のか、についてはコピー担当の面々と議論しました。「あたらしい明日を編む」というアイデアもありました。「でも明日はいつでも新しいよね」「じゃあ、今日を新しくするのはどうだろうか」と。たしかに「今日を新しくする」となると、昨日までの理不尽・旧弊・障壁の取り払われた「新しい今日」と定義できるよね、と話が進んでいきました。
議論を重ねるなかで、徐々に「編む」や「あたらしいきょう」といった、タグラインを形成する重要な要素が水面から浮かび上がってくるようでした。
2025年末に公開された「中日新聞からのお知らせ」より。 本社、企業理念を創設 「あたらしいきょうを編む。この地とともに。」

荘加様:そもそも新聞記者というのは、事実通りに齟齬なく伝わることを第一優先に記事を構成する教育を受けている人間です。つまり、解釈の幅の小さい文章を書くことを職能としています。だから、余韻の残る抽象的なコピーを書く経験に乏しい。短期間でそのあたりの感覚を会得するのは難しく、大変な産みの苦しみがありました。バイウィルさんには、理念コピーに求められる文章要件について、事例を織り交ぜて解説いただくなど、コピー案自体に対する指摘もしてもらいました。
また、築き上げた土台から離れて、議論が細部に入ってしまう、堂々巡りしてしまう場面もありましたが、絶妙なタイミングで第三者的な見地から、議論の整理をいただきました。あくまで議論の結論は、社内のプロジェクトで作り上げる必要があったので、バイウィルさんは多少もどかしかったかもしれませんが、上手に軌道修正いただくことができました。
経営陣から他部署、社外まで・・浸透しはじめるあたらしい理念体系
率先して「自分ごと化」したのは経営陣だった
──タグラインを含め、企業理念体系が完成されました。皆さまの受け止めはいかがでしょうか?
本宿様:企業理念体系の完成を受け、2025年11月に社内説明会を行いました。当初想定では、トップから「こういうのを作ったから年明けから出していく」と発表し、詳細はプロジェクトメンバーから説明するような構成でしたが、トップが丁寧にリブランディングを実施する意図を説明いただき、非常によい発表、説明会になりました。「自分の言葉で社員へ語りかけている」ことが事務局にも分かり、それが本当に嬉しかったですね。このプロジェクトを自分たちで行った狙いはまさに「自分ごと化」にあったわけです。全社員の自分ごと化をこれから進めていくタイミングで、トップ自身が率先してその姿を見せてくれていると感じた瞬間でした。
また別の取締役も、取引先企業との新年の挨拶の場で「私たちはこういう指針を定めました。この精神で一緒にやっていきましょう」と広めてくれています。経営陣自らが「刷新した企業理念を広めるイノベーター」の役割を果たしている、という点は手応えとして感じています。
少しずつ増える社内共感者。社外からは思いがけないアプローチも
本宿様:新たな企業理念体系の浸透とともに、タグラインの体現を実感することも増えてきました。例えば会社全体でみると、我々新規事業部以外の部署が主導している新しい取り組みがいくつかあります。公表されているものでも、2026年に愛知県を中心に行われるアジア大会とアジアパラ大会のオフィシャルパートナーが挙げられます。特にパラ大会では、開会式・閉会式を含めた運営を担当します。また来年度からは、愛知県芸術文化センターの運営に、当社含む4社で携わることとなりました。こうした取り組みを通して「良質な公共空間を築く」というのは、まさに「あたらしいきょうを編む」ことだなと感じています。
これらの事業を主導している部署の担当者から「新しい企業理念体系いいよね」という話が出たり、アジア大会・パラ大会参画の発表時には、その意図を説明するものとして「この企業理念体系を絶対に使いたい」と依頼があり、時期を調整したりと、この新しい理念体系に共感し、社内で動いてくれている人たちが少しずつ増えてきているのを実感しています。小さな一歩ではありますが、始まったばかりの浸透フェーズにもかかわらずこうした事例が増えていることは、とてもいいことだと思っています。
また、これまでと変わらない事業に取り組んでいても、それを集約する企業理念体系、タグラインが整理されたことで、共通言語で共感できるようになったことはとても大きな成果だと感じています。
荘加様:現時点において、積極的な対外露出をしているわけではないのですが、SNSを見ても、「(中日新聞社の理念が)変わったんだ」という投稿は時折目にします。プロ野球が開幕すれば更に露出は増えますので、こうした外部からの反応はさらに増えていくと考えています。
また、他社様からも、「企業理念体系刷新プロジェクトを内製した」というところに興味を持っていただいており、「どうやったの?」とお問い合わせいただくこともあり、嬉しいかぎりです。加えて、今回の企業理念体系の刷新がきっかけとなり「例えばこういう企業様とこのような協業はいかがですか?」といったオファーをいただくこともありました。こうしたことからも、企業として向かうべきところを明らかにする意味は本当にあったと実感しています。
経営企画室 新規事業部次長 荘加様(右)経営企画室 新規事業部 本宿様(左)

社内への落とし込みはまだ部分的。包括的な推進体制づくりが目下の課題
──サポートさせていただいた我々にとっても、非常に嬉しいエピソードの数々ですね。一方で、企業理念体系刷新に伴い、新しい課題などがあればお伺いできないでしょうか?
本宿様:正直に申し上げると、社内浸透は課題です。これは「浸透していない」という意味ではなく、継続的な取り組みが必要であるがゆえの課題です。社内では階層別研修というのがあり、新人、入社3年目、7年目、管理職への昇格時に実施します。この研修時に企業理念体系についても取り入れてもらっているのですが、その隙間世代に対するアプローチができていないのです。
荘加様:本宿が言う通り、研修を通じて企業理念体系を個人個人へ浸透させていくことに加えて、包括的に企業理念浸透を推進する体制作りも課題だと捉えています。ただし、我々自身が企業理念体系刷新プロジェクトとして、作成を主導したわけですから、社内浸透についても率先して推進していきたいと思います。新規事業部である我々は、この新しい企業理念を体現する存在として、新聞発行を基軸としながらも新しいことに積極的に取り組んでいけたら、と考えています。
──社内浸透という課題をお伺いしましたが、経営陣や皆さまが率先して企業理念を体現することで、きっと解決していくのだろうな、と期待も抱きました。最後になりますが、非常に意義深いプロジェクトに参画させていただいたことに感謝いたします。
この度は取材にご協力いただきまして、大変ありがとうございました。(取材日:2026年2月25日)
(掲載されている所属、役職およびインタビュー内容などは取材当時のものです)



