はじめに:良いビジョンは「作り方」で決まる
前回の記事では、形骸化した環境目標を「活きたビジョン」に変える必要性と、その条件(具体性・自社らしさ・提供価値)について解説しました。しかし、どんなに優れたビジョンも、その「作り方」を間違えると、結局は一部の経営層や担当部署だけのものになってしまいます。
本当に社員の心を動かし、「自分ごと化」を生むビジョンは、完成した内容と同じくらい、そこに至る「プロセス」が重要です。
今回は、一部の人間だけで作るトップダウン方式ではなく、多様な社員を巻き込む「共創」のプロセスに焦点を当て、企業の「パーパス(存在意義)」ともリンクした、活きた環境ビジョンを生み出すための具体的な4つのステップを解説します。
環境ビジョン策定の全体像:共感を呼ぶ4つのステップ
ビジョン策定は、闇雲に議論を始めるのではなく、体系だったプロセスに沿って進めることが成功の鍵です。私たちが提唱する「共創」のプロセスは、体系化された4つのステップで構成されます。
Step 0: 体制構築 :「誰とつくるか」を決めるStep 1: インプット:ビジョンの「素材を集める」
Step 2: 構造化:集めた素材で「核を創る」
Step 3: 言語化・視覚化:想いを「形にする」
この4つのステップによって、論理的な整合性と情緒的な共感を両立させた、力強いビジョンが生まれます。

Step 0: 体制構築:「作って与える」から「一緒に育てる」へ
最初の、そして最も重要なステップが「誰とビジョンを作るか」というチームビルディングです。この「共創」プロセスこそ、第1回で述べた「やらされ感」や「自分ごとにならない」という課題に対する、最も直接的な処方箋です。
目指すべきは、多様なメンバーと「一緒に育てる」アプローチです。そのために、部門横断のプロジェクトチームを組成し、メンバー構成をハイブリッドにすることをお勧めします。
指名・選抜メンバー
既存の経営戦略や事業計画を深く理解している、各部門のキーマンや管理職層。彼らが参加することで、ビジョンが経営から乖離するのを防ぎ、戦略的な整合性を担保します。
公募・手挙げメンバー
部署や役職に関わらず、このテーマに熱意を持つ社員、特に若手社員に自ら手を挙げてもらいます。これにより、現場のリアルな視点や新しい感性が取り入れられ、プロジェクトに活気が生まれます。
例えば阪急阪神ホールディングス様※では、長期経営構想を検討するメンバーを選抜チーム、そして「新たな発想で未来を描いてほしい」という想いから若手を中心に公募チームを組成しました。驚くことに、特別なプロモーションなしで自然と手が挙がったと言います。これは、若手世代が持つ環境問題への潜在的な関心の高さを物語っています。
この「共創プロセス」自体が、ビジョンを血の通ったものにするための最初のステップです。プロジェクトに参加したメンバーは、完成したビジョンの”未来の伝道師(エバンジェリスト)”となり、全社浸透の強力な推進力となってくれるでしょう。
※参考記事
「やらねばならない」を「やりたい」に。参加型プロジェクトで実現した、全社で育てる環境分野の取組方針/阪急阪神ホールディングス株式会社様

Step 1:インプット:3つの視点で「ビジョンの素材」を集める
ビジョンの土台となるのは、徹底的な情報の棚卸しです。私たちは、特に以下の3つの視点から、自社ならではの「ビジョンの素材」を集めることを重視しています。
Will (想い)
「私たちは、自社の事業を通じて、どんな未来を実現したいのか?」という社員の内なる想いを言語化します。役職や立場を超えて、正直な気持ち(Pain: 課題、Gain: 理想)を出し合うことで、ビジョンの熱量の源泉が生まれます。
Can (強み)
「私たちの持つ技術やビジネスモデル、経営資源を、環境課題の解決にどう活かせるか?」という事業のポテンシャルを棚卸しします。これにより、環境対応を単なるコストではなく「本業を強くする武器」として捉え直すことができます。
Expectation (期待)
「社会や顧客は、私たちに何を求めているのか?」という外からの期待を客観的に定義します。「御社の技術なら、この社会課題を解決できるはずだ」といった期待に応えることで、独りよがりではない、社会との関係性に基づいたビジョンが描けます。
この Will × Can × Expectation の3つを掛け合わせることで、他の誰にも真似できない、「自社にしか描けないビジョン」の輪郭が浮かび上がってきます。
Step 2: 構造化:アイデアを「伝わるコンセプト」に磨き上げる
インプットのステップで集めた様々な「素材」は、まだ原石の状態です。このステップでは、それらを整理・統合し、人を動かす一貫した「コンセプト」に磨き上げていきます。
ここで最も重要な視点は、環境への取り組みを「顧客にとっての嬉しいこと(ベネフィット)」に変換することです。先程ご紹介した阪急阪神ホールディングス様の事例でも、この「お客様にとっての価値」を起点に議論を進めることが、社内の納得感を高める上で極めて重要でした。
具体的には、集めたアイデアを以下の4つの階層で構造化します。
リソース:私たちの活動を支える、自社固有の強みや文化は何か?
エビデンス:その強みを活かして、具体的にどのような活動(環境への取り組み)を行うのか?
ベネフィット:その活動によって、社会や顧客にどのような「嬉しいこと」が生まれるのか?
コアバリュー:私たちが提供する価値を、一言で要約すると何か?

この4階層が、一貫したストーリーとして繋がっているかを確認することで、納得感のあるロジックが完成します。
Step 3: 言語化・視覚化:「心に響く形」に変換する
練り上げたコンセプトを、最終的に社員や社会の「心に響く形」にアウトプットするのがこの最終ステップです。どんなに素晴らしいコンセプトも、伝わらなければ意味がありません。
主に、以下の3つのクリエイティブを開発します。
① コアメッセージ(スローガン)
ビジョンの核となるコンセプトを、「記憶に残る」ための、自社ならではの短い言葉に凝縮します。「地球環境を守る」といった誰でも言える言葉ではなく、「自社らしさ」と「事業との接続」を感じさせる表現を目指します。
② ストーリー(ボディコピー)
スローガンの背景にある想いや葛藤、目指す未来の姿を、「共感を呼ぶ」ための物語として伝えます。なぜ今、私たちがこれをやるのか。その必然性を情緒的に語ることで、読み手の自分ごと化を促します。
③ デザイン(キービジュアル)
言葉だけでは伝えきれない世界観を、「一瞬で伝わる」視覚表現で統合します。難解になりがちな環境テーマを、親しみやすく、直感的に理解できるグラフィックで表現します。

ロジカルな「正しさ」と、クリエイティブがもたらす「楽しさ・美しさ」。この2つが掛け合わさったとき、初めて人の心は動き、行動変容が生まれるのです。
今回は、「自分ごと化」を生む環境ビジョンの作り方を、具体的な4つのステップに沿って解説しました。
重要なのは、一部の専門家だけで作るのではなく、多様な社員を巻き込む「共創」のプロセスそのものです。このプロセスを経ることで、ビジョンは単なる言葉を超え、組織の血肉となります。
しかし、せっかく作ったビジョンも、社員に伝わらなければ意味がありません。
最終回となる次回は、完成したビジョンを全社に浸透させ、具体的な行動に変えていくための施策を詳しく解説します。
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【環境ビジョン③】作って終わりにしない!環境ビジョンを社員の行動に変える浸透策
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