企業のサステナビリティ推進において、担当者が最も頭を悩ませる課題の一つ。 それは、ステークホルダーに向けた「情報開示・発信(コミュニケーション)」ではないでしょうか。

「やらなければならないこと(義務的な情報開示)」と「やったほうがいいこと(戦略的な発信)」が混在し、その手段も多種多様です。

多くの企業で、サステナビリティ推進部、広報・IR部、そして各事業部が複雑に関係し合い、「誰が」「どこで」「何を」開示・発信すべきかの交通整理ができていないケースが散見されます。

本記事では、まずサステナビリティ発信を「守り」と「攻め」に整理した全体リストを提示し、特に停滞しがちな「攻め」の発信をどう実現していくか、その阻害要因と解決策を解説します。

サステナビリティ発信の全体像:「守り」と「攻め」

情報は「守り」から「攻め」へと流れます。 まず、制度対応や投資家への説明責任を果たす「守り」を固め、その信頼性を基盤に、ブランディングや販促といった「攻め」へ転じることが理想的な流れです。

まずは、「どの媒体に、何を載せるべきか」の全体像を以下のリストで確認しましょう。
※全体を俯瞰・整理するための参考リストであり、あらゆる目的やシーンを網羅するものではありません


「守り」の発信リスト

1. 【有価証券報告書】法定開示(Must)

投資家・規制当局向けの最重要文書。ここにある情報がすべての「マスターデータ」となります。

  • サステナビリティ全般
    • ガバナンス(取締役会の監督体制)、戦略、リスク管理、指標と目標など
  • 人的資本(Human Capital)
    • 女性管理職比率、男性育休取得率、男女間賃金格差など
    • 人材育成方針、社内環境整備方針など
  • 気候変動
    • GHG排出量(Scope 1, 2)など
    • 気候変動リスクの財務影響(TCFD提言/将来的なSSBJ基準への対応)など

2. 【サステナビリティサイト】情報の母艦(Hub)

最も多くの人が訪れる場所です。幅広いステークホルダーを意識した、情報・表現のバランスが重要となります。

  • 方針・ポリシー
    • サステナビリティ基本方針 / トップメッセージ
    • 人権方針、環境方針、調達方針、腐敗防止方針、マルチステークホルダー方針など
    • マテリアリティ(重要課題)一覧
  • 取り組み・活動報告
    • 重点テーマ別の具体的な活動事例(例:脱炭素プロジェクトの進捗、地域貢献活動のレポートなど)
    • 製品・サービスへの実装事例(環境配慮型商品の紹介、リサイクル技術の解説など)
    • 従業員の活動・インタビュー(「人」が見えるコンテンツなど)
  • ガバナンス・窓口機能
    • 救済メカニズム: 人権・環境に関する苦情処理窓口(多言語対応・匿名性担保・報復禁止の明記)など
    • リスク管理体制図、マテリアリティ(重要課題)一覧など
  • 開示データのWeb版(有報データの再掲含む)
    • 人的資本データ(女性管理職比率、賃金格差などの推移グラフなど)
    • 環境データ(GHG排出量、水、廃棄物など)
  • 対照表・ライブラリ
    • GRIスタンダード対照表、SASB(IFRS S1/S2)対照表など
    • ESGデータブック(PDF)、ESGデータのExcel/CSVダウンロードなど

3. 【統合報告書】財務・非財務の結合(Story)

投資家に対し、サステナビリティが「企業の成長」にどう繋がるかを翻訳して伝える媒体です。

  • 価値創造ストーリー
    • パーパス(存在意義)とサステナビリティ戦略の結合など
    • CEO / CFO / CSO(サステナビリティ責任者)によるコミットメントなど
  • コネクティビティ(結合)
    • 「人的資本への投資が、将来どう利益を生むか」のロジックなど
    • 「脱炭素への投資が、どう競争優位になるか」のロジックなど
  • マテリアリティ
    • 特定プロセス、KPI、進捗状況など

4. 【ESGデータブック/サステナビリティレポート】詳細開示(Detail)

評価機関や専門家(アナリスト)が分析のために参照する詳細データ集です。

  • 環境詳細データ
    • Scope1~3(サプライチェーン排出量)の算定値など
    • 第三者保証(Limited Assurance)の付与状況、報告書など
    • 生物多様性(TNFD)、水リスク等の詳細指標など
  • 社会詳細データ
    • 人権デュー・デリジェンス(DD)の実施プロセス詳細、リスク特定結果など
    • サプライヤー監査の実施数・是正件数など
    • 労働安全衛生データ(度数率など詳細)など

「攻め」の発信リスト

5. 【広報・PR】ブランディング(Brand)

「守り」の開示情報による信頼性を基盤に、企業の認知と好意度を高める「攻め」の発信です。

  • ブランド資産
    • 独自のサステナビリティ・ロゴマーク、スローガンなど
    • 活動プロジェクトのネーミング(親しみやすさの設計)
  • オウンドメディア / SNS
    • 様々な活動を集約・蓄積する「器」としてのメディア構築など
    • 開発秘話、担当者の苦労や想いを描くストーリー記事など
    • 「数字で見るサステナビリティ」等のインフォグラフィックス、ショート動画など
  • パブリシティ(メディア露出)
    • 社会課題解決アクションとしてのプレスリリース配信など
    • メディア向け勉強会、サステナブル工場の見学会(メディアツアー)など
    • 社長・役員のインタビュー、寄稿獲得など
  • 企業広告
    • 新聞・雑誌・Webでのスタンス表明など
    • 交通広告・屋外広告での認知拡大など

6. 【営業・販促】マーケティング(Sales)

顧客の購買決定や、取引先の選定基準に直接働きかける「攻め」の媒体です。

  • 商品・サービス単位のブランディング
    • ネーミング・ロゴ開発
    • サービスサイト制作・リニューアル
    • パッケージ等における表現・クリエイティブなど
  • 商談・提案補助ツール(カタログ・提案書)
    • 製品別CFP(カーボンフットプリント)表示など
    • 環境認証ラベル(エコマーク、FSC等)の活用など
    • グリーン調達基準適合証明書、サプライヤー行動規範への準拠誓約書など
  • 消費者参加型アクション
    • 商品購入連動型のドネーション(寄付)キャンペーンなど
    • リサイクル回収イベント、環境ワークショップなど
    • SNSハッシュタグキャンペーン(UGC創出)など

なぜ「攻め」の発信(リスト5・6)は停滞するのか?

リスト1〜4(守り)までは、法的義務や期限があるため、多くの企業で対応が進んでいます。しかし、リスト5・6(攻め)の領域に入った途端、動きが止まってしまうケースも少なくありません。

「攻め」の発信が難しい最大の理由は、関わる部署によって「役割」や「時間軸」「意識」が異なる点にあります。

サステナビリティ推進部・IRなど
・役割: 正確なデータに基づく情報開示、ESG評価機関への対応、リスク管理
・時間軸: 中長期(2030年、2050年目標など)
・意識: 「減点されないこと(コンプライアンス)」が最優先
広報・事業部・営業など
・役割: 認知獲得、ブランディング、短期の売上貢献
・時間軸: 短期(四半期、年間の売上)
・意識: 「加点されること(差別化)」が最優先

このように目的が異なる部署が連携しようとすると、「それは誰の仕事か?」「その難解なデータは営業に使えない」「その表現はリスクが高い」といった議論になりがちです。

そして、この「役割・時間軸・意識」のズレを放置したままだと、現場では以下のような「サステナ発信不全症候群」が発生してしまいます。

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① 「お見合い」症候群

【背景:役割分担のエアポケット × リスク回避】 現場には素晴らしい活動やデータがありますが、サステナ部は「報告・開示」がメイン、広報や事業部は「情報待ち」の状態。 加えて、「不正確な表現で炎上したくない(石橋を叩いて渡らない)」という心理も働き、「誰かが進める」「今はまだ早い」と互いに見合っている間に、「情報を魅力的なコンテンツに加工する」というボールが地面に落ちてしまい、価値ある情報が社内で埋もれてしまっています。

② 「竹やり」症候群

【背景:未来の目標 vs 今日の売上】 会社は「2050年・2030年の中長期目標」を掲げていますが、営業現場には「今、顧客にアピールしやすい武器」がありません。 「社会的に求められている」という精神論(竹やり)だけで戦場に送り出されるため、営業部門がサステナビリティ活動を訴求していくことに懐疑的になっている状態です。

③ 「暗号化」症候群

【背景:正確性 vs 分かりやすさ】 専門部署が作るレポートは、専門用語で書かれており、一般の人には「暗号」のように難解です。 広報が「噛み砕きたい」と思っても「正確性が損なわれる」という懸念も生まれ、難解なデータや情報がWebサイトの片隅に置かれるだけになってしまいます。これでは顧客の心には響かず、ブランド価値向上に繋がりません。

症候群を構造的に解決する「サステナビリティのブランド化」

これらの症候群は、個別の対処療法では解決しません。 3つの課題を一挙に解決する構造的なアプローチ、それが「サステナビリティ活動のブランド化(独自の器づくり)」です。

これは、自社のサステナビリティ活動全体を表す「オリジナルのネーミング」と「ロゴ」を策定し、情報を蓄積していく「器」を作る手法です。

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▼参考:ネーミングやロゴを策定し、サステナビリティ活動をブランド化した事例
株式会社ユナイテッドアローズ「Sarrows」
https://www.united-arrows.co.jp/sustainability/


ではなぜ、たった一つの「器」を作ることが、3つの症候群すべてに対して効果的なのでしょうか。

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① 対「お見合い」:器ができると、役割が決まる

「〇〇プロジェクト」のような名前をつけ、ロゴを作って象徴化することは、社内に「会社全体で育てていく資産」を作ることと同義です。

  • 共通目的の創出: バラバラに行われていた活動が「一つのブランド」に集約されることで、部署を超えた「共通の目的」が生まれます。
  • 役割の再定義: 「器」ができると、それを維持するためのチームが必要になります。サステナ部は「ブランドの信頼性を守る(中身を詰める)」、広報は「ブランドを有名にする(拡声する)」など、互いの得意領域を生かした役割が明確になり、自然と連携が生まれます。

② 対「竹やり」:器は、物理的な「武器」になる

策定した「オリジナルのロゴマーク」や「ネーミング」は、そのまま営業ツールや販促物として使える「社内共有資産」になります。

  • 精神論からツールへ: 営業にとって、「社会に求められている」「地球にやさしい」ということや難解な情報だけで訴求していくのは困難(竹やり)ですが、「ロゴマーク」という目に見える資産があれば話は変わってきます。商品パッケージや提案書にロゴがあるだけでも、その商品は「環境配慮商品」としての付加価値が伝わりやすく、記憶にも残りやすいものになります。
  • 取引先への波及: 取引先(小売店など)に対しても、「このロゴがある商品を棚に置けば、御社のサステナビリティ貢献にもなります」という、価格以外の強力な商談材料を提供できるようになります。

③対 「暗号化」:ブランド化=「信頼の蓄積」が、情報の難解さを補完する

サステナビリティ発信において最も陥りやすい罠が、「『正しく、難解な情報』を一方的に送り続けてしまうこと」です。しかし、どれほど正確な情報であっても、受け手が理解できなければ、それは「伝えている」だけであり、「伝わっている」ことにはなりません。

この「伝える」と「伝わる」の距離を埋めるのが、ブランドという器による信頼の蓄積です。

  • 情報の蓄積が、ブランドを作る: バラバラに行われていた活動が「一つの器(独自のブランド)」に集約されることで、一貫したイメージが蓄積されていきます。この「点」の情報の積み重ねこそが、ステークホルダーからの認識を高め、「このブランドの活動なら信頼できる」という信頼残高を形成します。
  • 「正しいけれど難解な情報」を、信頼が補完する: サステナビリティにおいて、専門的で複雑な情報をなくすことはできません。しかし、蓄積された信頼があれば、コミュニケーションの質が変わります。 受け手にとって「難解な数値」は、一見すると近寄りがたいものですが、「このブランドロゴがついているなら間違いない」という事前の信頼があることで、たとえ全てのデータを完全に理解できなくても、企業としての誠実な姿勢や一定の信頼感は直感的に伝わるようになります。
  • 信頼のショートカット: つまり、ブランドという器は、難解な情報を排除して簡略化するためのものではありません。情報の「正しさ(根拠)」は裏側にしっかりと備えつつ、ブランドが醸成する信頼によって、受け手の理解や納得を助ける「ショートカット」として機能するのです。この構造があって初めて、専門的なファクトは「伝わる情報」へと昇華されます。

「守り」だけで終わらせず、「攻め」へ転じる

多くの企業において、SSBJ対応や人的資本開示といった「守り」の業務量が激増しているのは事実です。これらは市場に参加し続けるための必須条件(ライセンス)です。

しかし、投資家への説明責任(守り)を果たすだけでは、リスクは減らせても、新たな売上やファン(攻め)を生み出すことは難しいかもしれません。

「守り」で集めたデータや事実を「素材」として活用し、ターゲットに合わせて各媒体で発信することこそが、サステナビリティ経営の果実を得るための鍵となります。

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