アメリカのロックフェラー財団は2025年5月6日、新興国・途上国における石炭火力発電所(CFPP)の早期廃止を促す新たなカーボンクレジット制度「Coal to Clean Credit Initiative(CCCI)」の正式運用を開始した。

2030年までにアジア太平洋地域で60件の対象プロジェクトを支援し、17兆円の官民投資の呼び込みを目指す。

この新たなクレジットがもたらす影響を、バイウィルカーボンニュートラル総研の村上菜穂が解説する。

※自家用発電設備を電力会社の送電網や配電網に接続する系統連系石炭発電所のみに適用。特定の産業用または商業用ユーザーにのみ電力を供給するCPP(キャプティブ・パワープラント)・施設は対象外。

CCCIの概要

同制度は国際的なボランタリークレジットの発行団体であるVerraのお墨付きを得て、CFPPを継続稼働した場合のCO2排出量と早期閉鎖による削減量を定量評価し、トランジッション・クレジット(TC)として認証する仕組みである。

カーボンクレジットの新しいカテゴリーを作ることで、CFPPの段階的廃止を加速するための経済的損失を埋めようとする金融メカニズムといえる。同クレジットの価格は1㌧当たり11~52米㌦と推定され、そのクレジットの販売益は、代替となる再生可能エネルギー発電への転換やバッテリー整備、労働者への補償などにあてられる。

Verraは「影響を受ける労働者と地域社会を置き去りにしない高品質なエネルギー転換の枠組み」と強調していて、今後の展開次第では新たなカーボンクレジット市場の拡大につながる可能性がある。

一方で、炭素削減効果が長期的に維持できないことや、CFPPの廃止によって発生する大量のクレジットが自主的な炭素市場の安定性を乱す可能性が指摘されている。さらに国際協力の側面で言及すると、化石燃料関連設備の座礁資産化、公的資金が呼び水となる民間資金動員の停滞といった懸念もあろう。

前者は、経済成長や工業化の進展等により電力需要が急増している途上国に対して日本も、質の高いインフラ投資の一環として超々臨界圧石炭火力発電所および送配電網の建設、アクセス道路の整備を担ってきたことから、機関投資家や企業が資産価値の低下によって損失を被る可能性がある。また、投資先国において適切な運営管理能力の構築とオーナーシップを後押しする目的で所有権等を現地の民間事業者に移転していた場合、設備稼働率の観点から収益性が高いといえる稼働15年未満のCFPPを早期に閉鎖させるためには、所有者やオペレーターに放棄所得を補償する必要がある。

後者は、先進国の公的事業を呼び水として民間からの資金調達動員を促進することを近年目指してきたものの、クリーンエネルギーへの移行に対するモメンタムが今後さらに低下するのではないかという懸念である。実際に、時の政権の思惑・方針に加えて市場の風向きが変わったことで、途上国に対する「気候資金」の拠出でさえも、先進国の民間資金動員が停滞し、目標額の達成が数年遅れた。その前例に鑑みると、世界の幅広い金融市場参加者を十分に惹きつけ、中長期的に関与させ、CFPP所有者・労働者および地域社会への補償をクレジットの販売益で賄うことができるほど官民投資を呼び込むことは容易でないかもしれない。

先進国のアプローチ

ここでクリーンエネルギーへの転換を牽引してきた欧州および米国(前バイデン政権下)と、日本国内のアプローチに目を向けると、環境エネルギー分野の政策・施策は以下のように大別できる。

  • 負のインセンティブ(一例)
    欧州の厳格かつ煩雑な規制、日本国内の環境関連法規、炭素価格(ETS制度や炭素税)、発電事業者向けの有償オークション(排出枠の購入義務付け)
  • 正のインセンティブ(一例)
    インフラ等導入補助金、グリーン・ファイナンス、米国のインフレ削減法(供給側に手厚い税額控除)、欧州水素銀行の設立(水素生産コストと市場価格との差額補填等支援)、欧州の競争力コンパス

欧米諸国はクリーンエネルギーへの移行における現状と課題を認識し、適宜方針を転換しつつ、規制の緩和、手続き等の簡素化、エネルギー価格の引き下げ、そして許認可の迅速化など新たな施策を早期に展開してきた。

他方でわが国は、高炉から電炉などのGXに伴う電化と生成AIの普及拡大に伴うデータセンター・半導体工場等の増設により電力需要の増加が見込まれているにもかかわらず、政府が進める「成長志向型カーボンプライシング構想」は、現場で汗水を流す発電事業者に負のインセンティブを与えているように見受けられる。

しかし石炭火力に代わる、安定供給に欠かせないベースロード電源(再生可能エネルギーや原子力発電等)について、日本固有の事情から発電量の変動性をコントロールすることは難しい状況である。また、石炭火力発電を推奨しているトランプ米政権を同盟国として今後支援していく可能性や、火力発電での石炭・アンモニア混焼と水素・天然ガス混焼を欧州が認める方針であること、日本の石油メジャーが水素開発の停滞により化石燃料回帰を匂わせていることを踏まえると、CFPPを石炭ガス化燃料電池複合発電に転換して稼働継続していくことが望ましい。

将来の電力供給において十分な安定性とエネルギー源の多様化を図る観点から、既存のインフラを活かすGX政策・施策に舵を切り、日本の環境技術産業の優位性を新興国・途上国にも引き続き示すことで、複合発電+CCU/S+JCMを含むクレジットの創出を国内外で促進していくことができる。

CO2排出削減対策が講じられた稼働年月の浅いCFPPまで全廃させなくてもよいのではないかという個人的見解のもと、筆者は新制度の仕組みを否定しているわけではない。ただ、本稿3段落目でふれた指摘・懸念事項を踏まえつつ、TCを流通させる段階に到達した際には、1. 低・脱炭素化戦略の明確化、2. 発行プロセスにおける透明性の確保と情報開示、3. 効果測定の徹底(継続的に測定し、改善につなげる必要あり)に注意すべきである。

また、各国がどのようなアプローチで化石燃料を再生可能資源に置き換えつつエネルギーを安定供給するにしても、石炭採掘・輸送・精製などCFPPの燃料調達プロセスにおいてCO2が排出されるため、Scope3(サプライチェーン全体での排出)の削減にも対応していく必要がある。それこそが発電事業者を含む民間事業者にとって最大の脱炭素課題であり、信頼あるガイドラインによる支援が不可欠であろう。アジア太平洋地域発の信頼あるTC市場を形成できるか、そしてScope3対応への加速も注目されている。


<参照記事>
[1] “New Verra Methodology Supports Coal Phase-Out and Just Energy Transition”
https://verra.org/new-verra-methodology-supports-coal-phase-out-and-just-energy-transition/

[2] JETRO地域・分析レポート「GXリーグで始まる新しい日本のカーボンプライシング」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2024/0502/7a7acfff235626df.html

[3] EU Emissions Trading System(EU ETS)
https://climate.ec.europa.eu/eu-action/eu-emissions-trading-system-eu-ets_en

[4] Inflation Reduction Act
https://www.epa.gov/inflation-reduction-act