2026年6月5日(金)、新たな「森林・林業基本計画」が閣議決定されました。今回の森林・林業基本計画では、「百年つづく『森の国・木の街』へ」という副題が掲げられ、森林・林業・木材産業の好循環を生み出すことを目指し、環境に配慮した企業経営やウェルビーイングの観点から木材利用への期待が高まっていることを踏まえ、国産材サプライチェーンの構築と、多様で健全な森づくりを進めるものと説明しています。

森林・林業政策というと、住宅産業、建設業、製紙業、家具・内装業など、木材を原材料として扱う企業の話と受け止められがちです。

しかし、ここで見誤ってはいけないのは、森林の価値は木材供給だけではないという点です。森林は、カーボンニュートラル(CN)に向けたCO2吸収源であり、ネイチャーポジティブ(NP)を支える生物多様性の基盤であり、サーキュラーエコノミー(CE)を実現する再生可能資源の供給源でもあります。

さらに言えば、森林は水を育み、土壌を守り、空気を浄化し、人の心身を整え、地域経済を支える自然資本そのものです。林野庁も、森林の多面的機能として、生物多様性保全、地球環境保全、土砂災害防止・土壌保全、水源涵養、快適環境形成、保健・レクリエーション、文化、物質生産などを整理しています。

本稿では、今回の森林・林業基本計画を、単なる林業政策や木材利用政策としてではなく、CN・NP・CEを支える自然資本経営の観点から読み解きます。

森林は「社会・産業インフラ」ではなく、それを支える自然資本である

森林を社会・産業インフラと呼ぶことはできます。しかし、より正確には、森林はインフラそのものというよりも、社会・産業インフラを成立させる土台です。
道路、工場、住宅、都市、水道、エネルギー、物流、観光、金融。これらは一見すると森林から遠い存在に見えます。しかし、その多くは、安定した気候、水資源、災害リスクの低減、地域社会の維持、生物多様性、そして資源供給に依存しています。

森林は、これらの価値を生み出す自然資本です。
統合報告の考え方では、企業価値は財務資本だけでなく、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本といった複数の資本の組み合わせによって生み出されます。IFRS財団も、統合報告の目的として、財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本という広範な資本への説明責任とスチュワードシップ、そして短中長期の価値創造に焦点を当てた統合思考を掲げています。

この視点に立つと、森林は単なる「環境保全の対象」ではありません。森林は、企業活動を支える複数の資本へ価値を転換する自然資本の起点です。

CN:森林はCO2を吸収するだけでなく、炭素を都市に移す

森林をCNの文脈で見ると、まず思い浮かぶのはCO2吸収源としての役割です。森林は成長過程でCO2を吸収し、炭素を植物体や土壌中に蓄えます。

ただし、森林を「伐らなければよい」と単純化することはできません。特に人工林については、適切に伐り、使い、植え、育てる循環がなければ、森林資源の持続的な利用も、林業の担い手の確保も難しくなります。

今回の基本計画では、温室効果ガス排出量算定・報告・公表(SHK)制度や建築物のLCCO2評価等を活用した国産材利用効果の見える化、非住宅・中高層建築物等における都市の木造化、大径材・広葉樹材を活用した内装材等の需要創出が掲げられています。

この木材利用による都市への炭素固定を実務に落とし込むには、建築物のLCCO2評価やSHK制度といった具体的な評価基盤との連動が不可欠です。

サステナビリティ担当者は、自社のオフィス開発やサプライチェーンにおける木材利用効果を、どのように非財務情報やScope3の算定ルールの中に位置づけていくか、実務的な先回りが求められます。

ここで重要なのは、木材利用を単なる需要拡大策として捉えないことです。木材を建築物や内装材、家具などとして長く使うことは、森林が吸収した炭素を都市や生活空間の中に移し、一定期間固定することでもあります。

つまり、CNの観点では、森林を山に閉じ込めたCO2吸収源として見るだけでは不十分です。森林で吸収した炭素を、木材利用を通じて都市側へ移し、長期にわたり活用する。この発想が、これからの木材利用政策と企業の脱炭素戦略をつなぐ重要な視点になります。

NP:森林の価値は、炭素だけでは測れない

森林は、多様な植物、動物、菌類、微生物が関わり合う一つの生態系です。生物多様性が保たれることで、水循環、土壌保全、災害耐性、景観、文化、地域の暮らしが支えられます。林野庁は、森林の機能として、遺伝子保全、生物種保全、生態系保全に加え、河川生態系や沿岸生態系の保全も挙げています。

今回の基本計画でも、国民の安全・安心を根底から支える多様で健全な森林づくりとして、森林整備・治山対策の強化、延焼しにくい多様な林相への転換、病虫害・鳥獣害対策、クマ等の生息環境の保全・整備、生物多様性の保全を図る森林経営が示されています。

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 画像引用:林野庁「森林・林業基本計画のポイント」に示された森林・林業基本計画で目指す世界 

そして、今回の基本計画において最も注目すべきは、生物多様性を高める森づくりの面積割合を『2割から6割』へと引き上げる意欲的な目標です。

これは、単に手つかずの保護区を広げるという意味ではありません。多様な伐期の設定や、針葉樹と広葉樹が混ざり合う『多種多様な樹種構成』への変更など、適切な森林管理によって森林全体の質を高めていく方針が打ち出されています。

この樹種の多様化こそが、生物多様性を高めるだけでなく、森林の持つ多面的な価値を引き出すリジェネラティブ(再生可能)な森林経営の根幹となります。

森林は、CO2を吸収する装置ではありません。生態系として健全であるからこそ、炭素、水、土壌、防災、地域社会といった価値を生み出すことができます。

 CE:木材を使うだけでは循環しない

サーキュラーエコノミーの観点では、木材は再生可能資源として大きな可能性を持ちます。

今回の基本計画では、経済循環を確実に回すための『林業適地の明確化と確実な再造林』、適地における路網整備等への支援の重点化、再造林コストや森林・木材の持続性に関する情報共有・相互理解、合理的な価格形成が掲げられています。

ここは、CEを考えるうえで極めて重要なポイントです。

CEの本質は、廃棄物を減らすことだけではありません。資源が再生産される仕組みを、経済の中に組み込むことです。木材の場合、その仕組みは「伐る、使う、植える、育てる」という循環が、価格、流通、需要、担い手、地域経済によって支えられて初めて成立します。

木材を使うことは重要です。しかし、それ以上に重要なのは、木材を使うことで森林が再び育つ経済循環(リジェネラティブな仕組み)をビジネスモデルに組み込むことです。 

森林と企業経営のつながり

CN×NP×CEという側面での森林の役割からもう一歩踏み込んで、実際の企業経営とのつながりを考えてみます。一見すると森林を含む自然資本と事業とは遠い関係にあり、その因果関係を明確にするのは難しいと思われがちです。

しかし、森林生態系が育む水資源や空気、さらには森林の持つ癒し効果などは、現代の経営環境においては全て必要不可欠かつ企業の永続性を支える重要な事業基盤と考えることができます。

水資源と空気――森林が支える見えにくい事業基盤

森林の価値を企業経営に引き寄せるうえで、水資源は非常に分かりやすい論点です。
森林には、水源涵養機能(洪水緩和、水資源貯留、水質浄化など)だけでなく、気候緩和や大気浄化といった『快適環境形成機能』もあります。これらは、森林が水や空気を通じて、私たちの生活・事業環境の質を多面的に支えていることを示しています。

飲料、食品、化学、半導体、製紙、繊維、観光、農業など、水に依存する産業は少なくありません。直接大量の水を使わない企業であっても、サプライチェーンの上流や事業拠点の立地を通じて、水リスクとそこから派生する土砂災害などと無関係ではいられません。

ただし、ここも単純化すべきではありません。森林があれば自動的に水資源が増える、という話ではないからです。過密な人工林、下層植生が乏しい森林、管理不足の森林では、土壌流出や災害リスクが高まることもあります。

重要なのは、森林の面積だけではなく、森林の状態です。土壌が守られ、多様な植生があり、流域単位で適切に管理されているか。そこまで含めて見なければ、森林の水資源への価値は正しく評価できません。

これは、グローバルな情報開示の潮流である『TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)』の考え方とも重なります。森林の面積(量)だけでなく、その管理状態(質)に着目し、事業における自然への依存、影響、リスク、機会を評価するアプローチ(LEAPアプローチ)こそが、TNFDが企業に求めている核心なのです。

したがって、森林は、企業の外にある自然ではありません。水、空気、気候、災害リスクを通じて、企業の事業継続性に関わる自然資本そのものなのです。

森林浴とウェルビーイング――自然資本は人的資本にもつながる

森林の価値は、環境面や資源面だけではありません。人の健康やウェルビーイングにも関わります。
林野庁は、森林の保健・レクリエーション機能として、療養、リハビリテーション、休養、散策、森林浴、行楽、スポーツなどを挙げています。

近年、人的資本経営への関心が高まる中で、従業員の健康、エンゲージメント、創造性、組織の関係性をどう高めるかは、企業にとって重要なテーマになっています。その意味で、森林は人的資本とも接続します。

ここで重要なのは、ネイチャーポジティブの部分で触れた『多種多様な樹種構成への転換』が、企業の人的資本経営におけるウェルビーイングの推進と完全にシンクロするという点です。

様々な樹種が混ざり合い、多様な生態系が息づく森林空間は、そこで過ごす人間の心身を整え、五感を刺激し、創造性を高める力を持っています。実際にいくつかの企業の健康保険組合が、森林浴を健康経営の実現手段の一つとして導入している事例が出てきています。

森林・林業基本計画がウェルビーイングへの期待に触れている背景には、こうした森林の多面的利用があります。森林を適切に管理し、その豊かな空間や木材をオフィスや研修に取り入れることは、自然資本を直接的に『人的資本』へと転換する先進的な経営アプローチとなるのです。

森林を起点にした資本経営へ

森林を考えることは、自然資本を起点に企業価値をどう生み出すかを考えることと同義です。

森林を炭素吸収量だけで評価する時代は終わりを告げつつあります。これからのサステナビリティ担当者に求められるのは、CN、NP、CE、そして人的資本を個別のテーマとしてバラバラに扱うのではなく、それらを統合する『森林の多面的利用』を一体の『自然資本ポートフォリオ』として捉え直す視座です。この多種多様な樹種を育む森林管理こそが、次世代の企業競争力を左右する源泉となります。

バイウィル・カーボンニュートラル総研では、この森林・林業基本計画の改定を、企業の持続可能性とウェルビーイングを両立させる『自然資本経営』がより進展する一つの契機になると捉えています。

また、企業におけるGXとは、自社のビジネスモデル・競争力・収益構造そのものを、カーボン制約を前提とした“新しい当たり前”に作り替えることであり、森林を起点に、製品やサービスの脱炭素化(CN)や生物多様性保全を通じた顧客との接点の拡張(NP)、循環型社会への貢献(CE)といった具体的な取組によって、企業内部のGXを進展させる推進力にもなります。

バイウィル・カーボンニュートラル総研が考える、これからのサステナビリティ戦略の論点

森と無関係な企業はありません。森林・林業に関心を持つことは、CN・NP・CE、そして人的資本を統合的に実践するための重要な入口であり、自然資本経営の確かな第一歩なのです。

自然資本への依存度やリスクは、財務諸表や従来のScope1~3の枠組みだけでは見えにくく、自社単独でその因果関係を特定し、戦略に落とし込むことは容易ではありません。

  • 「自社のサプライチェーンは、地域の水リスクや気候リスクにどこまで依存しているのか?」

  • 「TNFD対応やサステナビリティ開示において、森林や生物多様性の要素をどう評価すべきか?」

  • 「人的資本経営やウェルビーイング推進に、森林投資をどう結びつければよいのか?」


新たな森林・林業基本計画の閣議決定は、企業の自然資本への向き合い方を一変させる契機となります。バイウィル・カーボンニュートラル総研では、この変化が日本企業の開示や調達戦略に与える影響について、日々研究を進めています。

今回の改定を踏まえた自社の事業依存度や今後のサステナビリティ戦略の方向性について、まずは知見の共有を兼ねた意見交換をお待ちしております。