2026年4月、GX-ETSが義務化フェーズに入りました。年間CO2直接排出量10万トン以上の事業者、約300〜400社に参加が義務づけられる日本初の法定排出量取引制度です。制度開始にあたって多くの担当者がまず確認されたのは「自社は対象か否か」という点だったと思います。ただ、その問いに答えるだけでは、制度の本質にはなかなか届きません。
今回取り上げたいのは、「義務対象企業の中にも、構造的に異なる2つの割当方式がある」という点と、「対象外企業にとっても、この制度は決して遠い話ではない」という点です。マニュアルを丁寧に読み込んでいくと、この2つの論点こそが、自社の脱炭素戦略を考えるうえで重要な分岐点になることが見えてきます。
義務対象企業の中に、性格の異なる2つの割当方式がある
排出枠の割当方式は、大きくBM(ベンチマーク)方式とGF(グランドファザリング)方式の2つに分かれます。製造業・電力・運輸など20の特定事業活動にはBMが、それ以外の全業種にはGFが適用されます。
まず数字を整理しておきましょう。排出量ベースでは約9割がBM対象に集中しています。発電・高炉製鉄の2業種だけでETS全体の排出量の約7割を占めるという実態があり、多排出の大業種がBMに集約されている構図です。一方、企業数ベースでは義務対象の約45%がGFという推計になります。つまり、義務対象企業のほぼ半数がGFの方式で動いていることになります。
この2つは、計算式の違いにとどまらず、「何を軸に削減を求めるか」という設計思想が根本的に異なります。
| 比較軸 | BM(ベンチマーク)方式 | GF(グランドファザリング)方式 |
| 目標の性格 |
同業他社との相対競争 排出原単位で業界上位を目指す 他社の技術進歩が自社に影響 |
自社の過去との絶対削減 基準排出量から毎年△1.7% 他社動向に関係なく義務が課される |
| 増産したら | 割当量は増えない 原単位が良ければ吸収可 効率改善が枠不足の保険になる |
割当量は増えない 絶対排出量増→即、枠不足 成長と削減の両立がより困難 |
| 市況が悪化したら | 生産減→排出減→余剰枠 ただしBM水準は毎年引き下がる 技術競争は景気に関係なく継続 |
生産減→排出減→余剰枠 努力しなくても達成できてしまう (景気の影響を受ける) |
| 過去に努力した企業は | 低原単位企業ほど有利 余剰枠を市場で売れる 努力が競争優位に直結 |
基準排出量が低い=割当が少ない さらにそこから△1.7%が求められる 補正措置あるが不完全 |
BM方式は「同業他社との相対的な効率競争」です。自社の排出原単位(製品1単位あたりのCO2量)が業界内の上位何%に位置するかでスタートラインが決まり、BM水準は毎年段階的に引き下げられていきます。他社が技術革新で効率を高めると、自社が現状を維持していても相対的に遅れが生じ、じわじわと不足枠が積み上がっていく構造です。競争相手は「自社の過去」ではなく「現在の同業他社」であり、業界全体の技術進歩のスピードが、自社の排出枠の過不足を大きく左右します。
GF方式は「自社の過去実績との絶対的な削減義務」です。2023〜2025年度の3カ年平均排出量を基準に、毎年エネルギー起源でマイナス1.7%の削減が求められます。他社の動向に関係なく、自社が毎年一定量を削減できるかどうかだけが問われます。一見シンプルに見えますが、割当量の基準はあくまで過去の排出量であり、生産が増えても割当量は増えません。増産局面では絶対的な排出量が増えるため、枠不足に直結するリスクがあります。
もう一点、議論になりやすい論点があります。過去の削減努力の扱いです。BM方式では、すでに排出原単位を低く抑えてきた企業ほど余剰枠が生まれやすく、排出枠市場で売却することも可能です。過去の取り組みが現在の競争優位として機能します。一方GF方式では、省エネや燃料転換を早期に進めてきた企業ほど基準排出量が低くなっており、割当量も少なくなります。さらにそこからマイナス1.7%が求められる。制度開始前に努力を重ねてきた企業が、相対的に不利な出発点に立たされるという構造的な課題があります。なお、早期排出削減量を勘案した追加割当が設けられていますが、これまで原単位を低下させつつも、活動量を増加させてきたような企業にとっては、努力分が完全に反映されない課題もあります。
また、GF方式には「市況変動との連動」という独特の性質もあります。景気後退や需要減退によって生産が落ちれば、努力とは関係なく排出量が減り、余剰枠が生まれます。
同じ「義務対象」という言葉の下に、こうした性格の異なる2つの割当方式が走っています。自社がどちらに属するかによって、取るべき対応の方向性は大きく変わってきます。
「対象外だから関係ない」とも言い切れない理由
GX-ETS では、年間10万 t 以上の Scope1 を対象としていますが、制度の義務対象でない企業は、静観していてよいのでしょうか。現実には、影響が及ぶ可能性が複数あります。
| 義務対象 A層:BM対象企業 |
義務対象 B層:GF対象企業 |
対象外 / 実質影響あり C層:取引先・サプライヤー |
現時点では対象外 D層:それ以外の全企業 |
| ・鉄鋼、化学、電力・セメント、運輸 等 ・排出量ベースでETS全体の約9割 ・約150〜200社(推計) |
・BM対象外の多業種、中堅製造業 等 ・企業数では義務対象の約45% ・約100〜150社(推計) |
・Scope3要請、コスト転嫁・開示圧力の3経路で影響 ・数千〜数万社規模 |
・制度拡大リスクあり ・今の「対象外」は準備期間と捉えたい |
1つ目は、Scope3要請を通じた圧力です。GX-ETS対象の大企業は、自社のScope1削減にとどまらず、サプライチェーン全体の排出量(Scope3)についても投資家・社会から問われる立場にあります。その圧力は取引先への「排出データの提示要請」や「削減目標の共同設定」という形で伝播します。制度の義務対象でなくても、主要取引先の脱炭素戦略の中に自社の排出量が組み込まれているケースは、すでに珍しくありません。
2つ目は、素材コストへの転嫁です。BM対象の鉄鋼・化学・セメントなどが炭素コストを製品価格に反映させれば、それらを調達する非対象企業にも間接的にコストが波及します。制度上の義務は免れていても、コスト面での影響は避けられない側面があります。
3つ目は、開示規制の拡大との連動です。有価証券報告書へのGHG排出量開示義務化が進んでいます。GX-ETSの対象外であっても、上場企業であれば排出量の算定・開示体制を別途整備する必要が出てきます。制度への義務対応と開示への対応は、求められる実務基盤が重なる部分も多く、並行して検討することが効率的です。
加えて、将来の対象範囲の拡大も視野に入れておきたいところです。EU-ETSも当初は大企業・電力部門が中心でしたが、段階的に対象を広げてきた経緯があります。今の「対象外」という立場が恒久的なものではなく、制度の発展とともに変わり得るという前提で準備を進めることが、中長期的には合理的な判断といえるでしょう。
さいごに
制度のマニュアルを丁寧に読み解いていくと、BM企業とGF企業では削減の構造がかなり異なること、そして義務対象外の企業にも複数の経路で影響が及んでいることが見えてきます。
「自社はどの層にいて、どのような削減の論理に向き合っているのか」──その解像度を一段上げることが、サステナビリティ担当者として脱炭素戦略を実効性あるものにしていくための、一つの出発点になるのではないでしょうか。
引き続き、バイウィルとして制度の読み解きをお届けしていきます。具体的な論点についてのご相談は、ぜひお気軽にお声がけください。
※本資料はバイウィル株式会社が情報提供を目的として作成したものです。制度の詳細については経済産業省の公式マニュアル(最新版)をご確認ください。