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【総研ブログ】岩石風化促進(ERW)の基礎と実装課題:二酸化炭素除去技術としての可能性

K.MIZUTANI
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目次

企業のネットゼロ戦略は、排出削減だけで完結する段階から、削減しきれない残余排出をどのような高品質な二酸化炭素除去(CDR)で中長期的に中和するかを問われる段階へ移行しつつあります。

その中で、玄武岩などの岩石を粉砕し、主に農地へ散布することで自然の風化反応を人為的に促進する岩石風化促進(Enhanced Rock Weathering:ERW)が注目されています。

ERWを検討する本質は、単なる新技術の採用ではなく、MRV、LCA、地域資源、農業GX、オフテイクを組み合わせ、環境価値を信頼できる市場へ接続する仕組みを設計することにあります。

1.なぜ今ERWなのか:高品質CDRの調達競争が始まる

2050年ネットゼロに向けて、企業はまず自社およびバリューチェーン全体の排出削減を徹底する必要があります。一方で、技術的・経済的に削減が難しい残余排出は一定程度残る可能性があり、その中和には永続性、追加性、MRVの信頼性を備えたCDRが求められます。

SBTiのCorporate Net-Zero Standard Version 2.0でも、残余排出や炭素除去の扱いが企業のネットゼロ戦略における重要論点として位置づけられています。

ERWの基本メカニズム

ERWは、自然界で非常に長い時間を要する岩石の風化反応を、粉砕による表面積の拡大や散布条件の設計によって促進する手法です。降雨や土壌水に溶けたCO2が、岩石中のカルシウムやマグネシウムと反応し、主に重炭酸イオンとして水系・海洋へ移行することで、長期的な炭素貯留につながる可能性があります。

ただし、ERWは農地などの開放環境で行われるため、除去量の算定は容易ではありません。だからこそ、現地測定、モデル、対照区との比較、不確実性評価を組み合わせた保守的なMRVが不可欠です。

2.ERWの特徴:環境価値と地域価値を同時に設計できるCDR

ERWは、DACCS(直接空気回収・貯留)や森林吸収などと比較して、技術特性だけでなく、環境価値をどのように地域、農業、資源循環へ接続できるかという点に特徴があります。

炭素が重炭酸イオン等として水系・海洋へ移行・貯留される経路は、森林吸収のような再放出リスクとは異なる耐久性を期待させます。一方で、クレジット算定では、対象とする固定メカニズム、測定境界、保守的な不確実性評価を明確にする必要があります。

農業GX・地域資源循環との親和性

散布された岩石粉末は、土壌pHの改善やミネラル供給を通じて、土壌改良や作物生産性の向上に寄与する可能性があります。もっとも、効果は岩種、土壌、気候、作物、散布設計に依存するため、農業者の便益とリスクを実証データで確認することが重要です。

日本には玄武岩などの塩基性岩資源や、採石・粉砕・輸送に関わる地域産業基盤が存在します。地域内の岩石資源を活用し、農地、採石事業者、自治体、金融機関、食品・小売企業をつなぐことで、環境価値の創出と地域への資金循環を同時に設計できます。

図表:主要な炭素除去(CDR)技術の比較

CDR技術

永続性・貯留の考え方

コベネフィット

既存インフラの活用度

企業が見るべき論点

岩石風化促進(ERW

長期的。重炭酸イオン等として水系・海洋へ移行・貯留する経路が想定されるが、算定対象とMRV境界の明確化が必要。

土壌改良、農業生産性向上の可能性、地域資源循環。

高い。主に農地、散布機、採石・粉砕・物流網を活用可能。

MRV、LCA、農家インセンティブ、オフテイク設計。

直接空気回収・貯留(DACCS)

地中貯留等により長期貯留が期待される。

技術産業化、クリーンエネルギー需要の創出。

低〜中。専用設備、エネルギー、貯留地が必要。

コスト、エネルギー調達、貯留責任、長期契約。

森林吸収・植林

中長期。火災・病害・土地利用変化による再放出リスクがある。

生物多様性、流域保全、地域雇用。

自然生態系に依存。

追加性、永続性、土地利用、モニタリング。

この比較から分かるように、ERWは専用設備に大きく依存する技術というより、農地、散布機、採石・粉砕・物流網といった既存インフラを活用しながら、環境価値と地域価値を同時に設計できる点に特徴があります。ただし、その価値をクレジットとして成立させるには、炭素貯留の経路、測定境界、関連排出を差し引いた正味除去量、農業者への便益配分までを一体で示す必要があります。

海外先行事例が示す本質:MRV整備が市場をつくる

海外では、ERWを高品質CDRとして取引可能にするための方法論整備が進みつつあります。たとえばIsometricは、Enhanced Weathering向けのプロトコルにおいて、土壌・間隙水等の直接測定、処理区と対照区の比較、統計的有意性、不確実性管理を重視しています。これは「測れるものだけを慎重に環境価値化する」という高品質CDR市場の設計思想を示しています。

また、Puro.earthのPuro Standardでは、ERW方法論において第三者検証、LCA、環境影響評価、1,000年以上の永続性要件を踏まえた認証枠組みが示されています。ここでの1,000年以上という考え方は制度上の耐久性基準であり、ERWの全プロセスが一律に同じ期間で固定されるという意味ではありません。企業は、制度上の永続性要件と、プロジェクトごとの固定メカニズム・MRV結果を区別して理解する必要があります。

これらの動きが示す本質は、MRVの整備によって、ERWが研究開発段階から「買い手が調達判断できる市場」へ移行しつつあることです。信頼できる測定・検証の仕組みがなければ環境価値は価格を持たず、逆に保守的で透明なMRVが整えば、企業の長期オフテイクや先行投資が流入し、CDRの供給拡大を支える資金循環が生まれます。

3.社会実装の前提:技術実証から市場設計へ

ERWを企業のGX戦略やCDR調達に組み込むには、技術的な有望性だけでなく、環境価値として取引可能にする条件を整える必要があります。特に重要なのは、第一にMRVの確立です。農地という開放環境で実装される以上、処理区と対照区の比較、土壌・間隙水等の直接測定、統計的有意性、不確実性管理を通じて、除去量を保守的に算定しなければなりません。MRVは単なる技術手続きではなく、買い手が安心してオフテイクできる市場インフラです。

第二に、LCAと経済性評価です。岩石の採掘、粉砕、輸送、散布には排出とコストが伴うため、正味除去量を算定するには、関連排出を差し引くLCAと、粉砕粒径、輸送距離、散布条件を踏まえた経済性評価が不可欠です。第三に、環境安全性と地域受容性です。岩種によってはニッケルやクロムなどの重金属を含む場合があるため、土壌、水質、作物、生態系への影響を継続的に確認する必要があります。農業者にとっての便益、作業負担、データ提供、クレジット収益の還元を含めたインセンティブ設計が、社会実装の成否を左右します。

4.日本でERWを考える意義:農業GXと地域資金循環

日本でERWを考える意義は、国内資源を活用したCDR供給基盤を構築できる可能性にあります。国内の岩石資源、採石・粉砕・物流インフラ、農地という既存の地域資産を組み合わせることで、海外クレジットの購入に依存するだけではない高品質CDRの創出を検討できます。

また、食品・小売・素材・金融などの企業にとって、ERWはScope 3削減そのものと単純化すべきではないものの、農業GX、サプライチェーン強靭化、地域GX支援、高品質CDRの活用を同時に語れる取り組みとなり得ます。

国内では、2026年3月11日に設立された岩石風化促進技術研究組合(J-ERW)が、日本の地質・資源条件に即した炭素会計およびMRVの標準化に資する研究開発を進めています。また、J-ERWは、NEDOのムーンショット型研究開発事業・目標において2025年3月まで実施されたA-ERWの技術知見・評価知見を引き継ぐ位置づけにあり、研究開発で得られた炭素会計、LCA、実環境試験の知見を、実証から社会実装へ接続するフェーズに入りつつあります。

制度が固まってから購入者として参加するのではなく、実証、評価、調達条件づくりに早期から関与することが、企業にとって重要です。特にERWの事業化には、環境価値を誰が、どの条件で、どの期間買い取るのかというオフテイク設計が不可欠なためです。残余排出を抱える企業、地域GXを支援する金融機関、自治体、サプライチェーン企業が長期契約や共同実証に資金を拠出することで、農地、採石、MRV、クレジット認証をつなぐ資金循環が形成され、社会実装の早期化が期待されます。

5.企業が今取るべき3つのアクション

1.残余排出量を把握し、CDR調達ポートフォリオを設計する
2030年、2040年、2050年時点で削減しきれない排出量をシナリオ別に把握し、森林吸収、ERW、DACCSなどを永続性、コスト、供給リスク、開示適合性の観点から組み合わせます。将来的には高品質CDRの供給制約が予想されるため、早期に調達基準を定義することが重要です。

2.パイロットプロジェクトへ参画し、MRVと事業性を学習する
完成したクレジットを待つだけでは、品質や価格条件を見極める力は高まりません。実証パートナー、オフテイカー、先行出資者として参画し、岩種、農地条件、LCA、農家インセンティブ、データ取得コストに関する知見を蓄積します。

3.長期オフテイク戦略と社内投資枠を検討する
CDR調達は単なるオフセット費用ではなく、将来のクレジット価格上昇、供給不足が懸念される市場環境、開示要請への備えであり、サプライチェーン強靭化にもつながるGX投資です。経営、財務、調達、サステナビリティ部門が連携し、長期契約、共同実証、地域金融との連携を含む投資判断基準を整える必要があります。

6.おわりに:ERWは「技術」ではなく、環境価値を流通させる仕組みである

ERWは、岩石を砕いて主に農地へ散布するというシンプルな見た目とは対照的に、MRV、LCA、環境安全性、農業者の便益、オフテイク、市場設計が一体となって初めて成立するCDRです。企業にとってERWを検討する意味は、将来の残余排出を中和するクレジットを確保することにとどまりません。環境価値を地域で創出し、その価値に対して企業資金を循環させ、農業GXや地域資源循環と接続することにあります。

高品質CDR市場は、信頼できるMRVと買い手の長期的なコミットメントによって形成されます。だからこそ企業は今、排出削減の延長線上にCDRを置くだけでなく、環境価値の市場化・経済価値化を見据えたGX戦略として、ERWとの向き合い方を設計すべきです。

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