【総研ブログ】SBTi CNZS V2.0「継続的排出責任(OER)」の実務的解釈と具体的活用例
目次
OER(Ongoing Emissions Responsibility:継続的排出責任)のポイントは、企業の脱炭素の取り組みを2つに分けて考えることです。
1つ目は、自社のScope 1・2・3の排出量を、科学的な目標に沿って減らすことです。2つ目は、削減を進めている間にも残ってしまう排出に対して、社会全体の気候対策に追加で貢献することです。SBTi CNZS V2.0では、この2つを混ぜずに、別々に説明・開示することが重要です。
OERの基本情報
OERは「排出量を帳消しにする仕組み」ではありません。OERは単なるカーボンクレジットの購入制度ではなく、直接の削減・除去からGX技術のR&D、適応・レジリエンス支援までを含む、より広い気候貢献(Climate Contribution)の枠組みです。
OERで購入・支援したクレジットや環境価値を、自社の排出量から差し引いたり、SBT目標の達成に使ったりすることはできません。自社の削減実績はGHGインベントリで示し、OERはその外側で、残る排出に対する追加の貢献として示します。
ここで、継続的排出(Ongoing emissions)とは、ネットゼロ達成に向かう道中で現在進行形で発生している排出を指します。一方、残余排出(Residual emissions)とは、ネットゼロ目標年において、最大限の物理的削減を行った後にも残る排出を指します。
OERの3つの段階(具体例)
事例1:全企業が参加できる任意プログラム(Voluntary Recognition Program)
東証プライム上場の製造業A社は、2027年にSBTi CNZS V2.0に沿った目標を申請する予定です。主力工場の設備更新には時間がかかるため、現時点では年間10万 t-CO2e(または 100,000 t-CO2e)の排出が残っています。OERの任意プログラムは原則として全企業が参加できます。
A社は、排出削減投資を進めながら、「参画(Engaged)」レベルを目指すことにしました。このレベルでは、残る排出量の1%以上を対象にした取組が求められるため、A社は5%にあたる5,000 t-CO2eを対象にします。別途「Advanced」レベルに取り組む場合は、継続的排出量の10%以上を対象とし、Scope 1・2は100%をカバーする必要があります。
パターンA:確認済みの削減・除去クレジットを使う方法
A社は、5,000tCO2e分について、第三者による確認を受けたクレジットを購入し、無効化(リタイア)します。この場合も、クレジットを自社の排出量から差し引くことはできません。
あくまでOERとしての貢献として、別に開示します。購入時には、そのクレジットが本当に追加的な効果を持つか、長く効果が続くか、第三者確認があるか、すでに償却済みか、他の目的に二重利用されていないかを確認します。
パターンB:気候貢献予算をつくる方法
A社が「Advanced」レベルに取り組む場合、継続的排出量の10%以上を対象とし、Scope 1・2は100%をカバーします。年間の継続的排出量が100,000 t-CO2eで、Scope 1・2の合計が10,000 t-CO2e以下の場合、対象量は10,000 t-CO2e以上です。
貢献予算ルートで指定単価20米ドル/t-CO2eを適用すると、10,000 t-CO2eに対する予算額は20万米ドルです。Scope 1・2の合計が10,000tCO2eを超える場合は、その全量をカバーするため、対象量と予算額を追加する必要があります。この予算は、SBTiの適格性基準を満たす活動に対して充当します。
対象には、途上国の気候変動対策、GX技術の研究開発、将来の炭素除去の調達準備などが含まれる場合がありますが、個別活動についてSBTiの適格性基準への適合確認が必要です。財務部門での予算管理は、BYWILLからの実務上の提案です。
パターンAは「Engaged」レベル、指定単価20米ドル/tCO2eを用いるパターンBは「Advanced」レベルの取組として区別します。任意認定プログラムには、このほかに「Leadership」レベルがあります。
各レベルでは、対象とする継続的排出量、Scope 1・2のカバー範囲、貢献予算ルートの指定単価が異なります。いずれのレベルでも、クレジットや気候貢献を自社排出量の削減実績またはSBT目標の達成に算入せず、排出削減と追加の気候貢献を分けて開示します。
事例2:2035年以降にCategory A企業に生じる追加の義務
2035年以降、Category A企業には、全企業が参加できる任意プログラムに加えて、炭素除去に関する追加の義務が生じます。
Category Aは、全世界を対象とする基準では、売上高4億5,000万ユーロ以上または従業員(FTE)1,000人以上の企業です。高所得国を対象とする基準では、Scope 1+2排出量が10,000tCO2e以上の企業、または、総資産2,500万ユーロ以上、売上高5,000万ユーロ以上、従業員(FTE)250人以上の3条件のうち2つ以上を満たす企業です。Category Aに該当するB社は、2035年時点で継続的排出の1%を、適格な炭素除去(Carbon Removals)でカバーする必要があります。
B社の2035年の継続的排出量が5万 t-CO2e(または 50,000 t-CO2e)の場合、必要なカバー量は1%にあたる500 t-CO2eです。長期耐久性を持つ炭素除去の最低量は、この500tCO2e全体の10%として一律に算定するのではなく、カバー対象排出のうち、CO2などの長寿命GHG(Long-lived GHGs)に起因する排出量の10%以上として算定します。
したがって、カバー対象排出500tCO2eの全量が長寿命GHGに起因する場合は、最低50 t-CO2eをDACCSやBECCS等による、地質貯留など長期耐久性を持つ炭素除去で対応します。長寿命GHGに起因する排出量が500tCO2e未満の場合は、その該当量を分母として最低量を算定し、残るカバー量は条件を満たすその他の炭素除去で対応します。
2035年からは、継続的排出に対する炭素除去のカバー率を1%から100%へ、また長期耐久性を持つ炭素除去の割合を、ネットゼロ目標年に向けて段階的に引き上げる経路が適用されます。なお、2035年以降の義務要件(Post-2035 requirement)は将来適用される規定であり、SBTiは次回の大改訂(Standard Version 3.0)において、最新の気候科学や技術動向を踏まえて再検討(Review)を行う予定としています。
これは、ネットゼロ達成時点における残余排出の中立化(Neutralization)責任とは区別して管理します。B社は、2035年の義務量に加え、2040年およびネットゼロ目標年に必要となる除去量と費用を財務計画に反映します。
事例3:ネットゼロ達成時点におけるネットゼロ目標を設定した企業の中立化(Neutralization)
2050年にネットゼロを達成するC社では、削減可能な排出を最大限削減した後も、10,000tCO2eの残余排出が残るとします。ネットゼロ達成時点では、この残余排出の100%を適格な炭素除去で中立化する必要があります。
特に、CO2など長寿命GHGに由来する残余排出は、100%長期耐久性を持つ貯留による除去で中立化します。これは、2035年から始まる除去責任の段階的な引き上げを経た後のネットゼロ時点の状態です。
BYWILLでは、長期耐久性を持つ炭素除去の供給量や価格変動を、将来の調達に関するリスクシナリオとして検討することを提案します。C社のように10,000tCO2e規模の調達が必要になる企業について、供給候補の探索や、MoU、予約購入、共同開発、投資の選択肢を検討することは、SBTiの公式な要求事項ではなく、BYWILLからの実務上の提案です。
二重計上を防ぐ「社内管理台帳(3つの管理用トレイ)」の具体的運用
以下の3つの台帳による管理は、SBTiの要求事項ではなく、BYWILLからの実務上の提案です。二重計上、二重利用、二重主張は、それぞれ異なる管理上の論点です。
二重計上は同一の排出削減・除去成果が複数主体の算定に含まれること、二重利用は同一のクレジットが複数の用途に使用されること、二重主張は同一の環境価値について複数主体が重複する主張を行うことを指します。
これらを管理するため、GHGインベントリ、OERに基づく気候貢献、法制度・規制対応の用途を分け、以下の3つの管理用トレイで記録します。
① GHGインベントリ台帳
ここでは、自社のScope 1・2・3排出量と、物理的な削減実績を管理します。省エネ投資、燃料転換、再エネPPA、プロセス改善、サプライヤー削減などを反映する一方、OER用に取得したクレジットを差し引くことは厳禁です。この台帳は、SBT目標の進捗評価と社内削減投資の意思決定に直結します。
② OER貢献台帳
ここでは、SBTi OERプログラムへの申請・開示に使う貢献を管理します。対象排出量、カバー率、使用アプローチ、クレジット番号、償却日、第三者保証の有無、支援先プロジェクト、貢献予算の支出先を記録します。クレジットルートを用いる場合は、必ず無効化(リタイアメント)済みであることを確認し、自社排出量とは独立して管理します。
③ 法制度・規制対応台帳
ここでは、GX-ETS、JCM、国内外の排出量取引制度、顧客向け報告など、制度上・契約上の用途を管理します。クレジットのシリアルナンバー、無効化(リタイアメント)、主張(クレーム)、用途を一元管理します。OERで使用したクレジットを法制度対応に重複利用することはできません。法務、調達、財務、サステナビリティ部門が同じ台帳を参照し、使用目的、権利帰属、無効化状況、外部開示文言を確認できる体制を整えます。
今から企業が準備すべき3つのアクションプラン
Category A/Bの判定と2035年以降の炭素除去要件へのロードマップ策定
Category Aは、全世界を対象とする基準では、売上高4億5,000万ユーロ以上または従業員(FTE)1,000人以上の企業です。高所得国を対象とする基準では、Scope 1+2排出量が10,000tCO2e以上の企業、または、総資産2,500万ユーロ以上、売上高5,000万ユーロ以上、従業員(FTE)250人以上の3条件のうち2つ以上を満たす企業です。
該当する場合、自社の2035年・2040年・ネットゼロ年の継続的排出・残余排出をシナリオ分析し、将来必要となる除去の量・品質・価格レンジを財務インパクトとして可視化することを、BYWILLでは実務上の対応として提案します。
気候貢献予算の社内制度化
BYWILLでは、OERへの対応を気候貢献予算として社内管理することを実務上の方法として提案します。「Advanced」レベルに取り組む場合は、1tCO2eあたり20米ドルの指定単価を用い、対象排出量に応じた気候貢献予算を設定します。
この予算を、途上国の適応支援、サプライチェーン外の削減、炭素除去技術のR&D、将来調達の予約購入などに充当する場合は、各活動についてSBTiの個別の適格性基準への適合確認が必要です。財務部門を早期に関与させ、PL・投資計画・中期経営計画への反映を検討することは、SBTiの公式な要求事項ではなく、BYWILLからの実務上の提案です。
長期的な炭素除去(DACCS/BECCS等)の調達検討
2035年以降、Category A企業には炭素除去への対応が求められ、ネットゼロ目標年には残余排出の100%中立化が必要です。
BYWILLでは、DACCSやBECCS等による、地質貯留など長期耐久性を持つ炭素除去について、供給制約や価格上昇の可能性を将来の調達に関するリスクシナリオとして検討することを提案します。候補プロジェクトの品質、耐久性、追加性、第三者検証、供給可能量を確認し、MoU、長期契約、共同開発、投資の可能性を検討することは、SBTiの公式な要求事項ではなく、BYWILLからの実務上の提案です。
結論
SBTi CNZS V2.0におけるOERは、新たなオフセット制度ではありません。自社の排出削減およびSBT目標の達成とは区別して、継続的排出に対する追加の気候貢献を扱う枠組みです。
BYWILLでは、この枠組みを、企業が排出削減の外側まで含めて気候への資本配分を検討するための実務的な基盤と捉えます。自社の継続的排出に価格を付け、SBTiの適格性基準を満たす気候ソリューションへの資本配分を検討する「気候財務戦略」としてOERを位置づけることは、SBTiの公式な要求事項ではなく、BYWILLの見解です
※企業がOERに基づく貢献を公表する際は、自社の直接的な排出削減実績やネットゼロ達成と誤認されないよう、主張(クレーム)の範囲を『枠外貢献(Climate Contribution)』として限定・明確化して開示する必要があります。
