【総研ブログ】COP31「化石賞」の先にある問い:地政学リスク下で日本のGXをどう進めるか
目次
国連気候変動枠組条約第31回締約国会議(UNFCCC-COP31、以下「COP31」)に向けた国際的な議論が進む中、毎年のCOPにおいて話題を集める「化石賞」(世界の環境NGOで構成される「気候行動ネットワーク(CAN)」が、地球温暖化対策に後ろ向きな国を皮肉って選定する不名誉な賞)は、気候変動対策を巡る各国のスタンスや課題を象徴的に示すニュースとして幅広く報じられ、社会的な認知度や世論の関心を大きく左右しています。
2026年11月9日(月)からトルコ・アンタルヤで開催されるCOP31を前に、今年は「中東情勢の緊迫化に伴うホルムズ海峡リスクと、それに伴う石炭火力のバックアップ機能・稼働方針」が国内外で大きな議論になっています。仮に今年、日本が再び化石賞の対象となるとすれば、その論点の一つになり得るのがこのテーマです。
本稿の目的は、化石賞の是非を論じることではありません。そこに表れている、日本の現実的なエネルギー制約と国際的な脱炭素要請との「ズレ」をどう考えるか。過去の化石賞を振り返りつつ、足元の地政学リスクへの対応と中長期的なGXへの円滑な移行(トランジション)について、時間軸を分けて両立させる道筋を考察します。
「化石賞」の経緯と日本のエネルギー政策
日本のエネルギー政策や交渉姿勢は、2010年のCOP16における京都議定書第2約束期間への不参加表明や、2019年のCOP25における石炭火力の維持姿勢など、過去に国際舞台で象徴的なニュースとして度々報じられてきました。
近年では特に、日本政府が推進するいわゆる「ゼロエミッション火力」(水素・アンモニア混焼等)をはじめとする次世代燃料への移行戦略に加え、地政学リスクの高まりを受けた「エネルギー安全保障と脱炭素の両立」を巡るスタンスが、社会的な関心を集める主な背景となっています。
表 近年の主な話題と背景(2026年は弊社予想)
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COP |
開催年 |
化石賞の選定理由 |
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COP27 |
2022年 |
2030年以降もアンモニア混焼など石炭火力の延命ともいえる誤った解決策を他国に輸出しようとしていること |
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COP28 |
2023年 |
排出削減対策を講じられていない石炭火力の新規建設の終了を巡る方針や石炭維持姿勢 |
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COP29 |
2024年 |
G7の一員として発展途上国への気候資金支援や債務問題に関する姿勢 |
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COP30 |
2025年 |
水素、アンモニア混焼、CCS(二酸化炭素回収・貯留)といった技術推進と化石燃料依存に関する議論 |
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COP31 ※予想 |
2026年 |
地政学リスクを受けた石炭火力の非常時バックアップとしての活用(稼働抑制措置の一時不適用)と、カーボンニュートラルに向けた移行スピードの兼ね合い |
「非常時のバックアップ価値」と環境適合性:政策上のトレードオフ
中東情勢の緊迫化に伴い、原油やLNG(液化天然ガス)の主要輸送ルートであるホルムズ海峡の通過リスクが意識される中、経済産業省や資源エネルギー庁の有識者会合等では、エネルギー安全保障の観点からの点検が行われてきました。
原油・LNGの海外依存度が極めて高い日本において、シーレーンリスクの影響を比較的受けにくく調達の選択肢が多い石炭火力は、非常時の供給耐性・バックアップ電源としての価値が再認識されています。ただし、これはあくまで地政学ショックに対する短期的な代替・備えとしての位置づけであり、石炭の長期的な優位性が復活したことを意味するものではありません。
具体的には、容量市場では2025年度から、設計効率42%未満の非効率石炭火力を対象に、設備利用率が50%を超えた場合に容量確保契約金を減額する(50%以下での運転を促す)ペナルティ措置(抑制的インセンティブ)が導入されていますが、LNG調達の不確実性の高まりを受けた緊急的な対応として、2026年度はこの措置を適用しないことが決まりました(経済産業省の試算ではLNG節約効果は年間約50万トン。
ただし、石炭火力の稼働増に伴うCO2排出増という環境負荷のトレードオフも同時に生じます)。このように、緊急時の電力安定供給に向けた火力の柔軟な運用と、環境適合性との間で国内政策上の慎重な議論がなされています。
一方で国際的には、「脱炭素の世界的潮流の中で、いかに化石燃料への依存度を速やかに低減させていくか」という目標が共有されています。
ここには、エネルギー自給率が低い「エネルギー島国」としての現実的なリスク管理(日本のエネルギー政策の基本方針である「S+3E」におけるEnergy Security〈安定供給〉とEconomic Efficiency〈経済効率性〉)と、世界が求めるEnvironment〈環境への適合・脱炭素〉の着実な推進という、双方の理路に基づく複雑なトレードオフが存在しています。大前提となるSafety(安全性)を確保した上で、Security、Economic Efficiency、Environmentの3つを常に同時に最大化できるわけではありません。
だからこそ重要なのは、政策目的を時間軸で分けて整理することです。短期的には供給の安定と価格ショックへの耐性を確保すること、中期的にはLNG・石炭への依存を減らすため再エネ、原子力、蓄電池、系統などへの投資を進めること、そして長期的には化石燃料の輸入依存そのものを引き下げることです。このように時間軸で整理することで、「石炭を残すべきか/やめるべきか」という二元論を超えた議論が可能になります。
世界共通の課題:「地政学リスクとAI需要急増」
こうした「地政学リスクを受けた火力の再評価」という課題は、日本一国に限られた現象ではありません。
国際エネルギー機関(IEA)が2026年9月に公表した報告書「Coal Mid-Year Update 2026」では、2026年の世界の石炭需要は前年比1.2%増の89.4億トンと過去最高を更新する見通しが示されました(前年末時点の微減予測から上方修正)。主な要因の一つは、ホルムズ海峡の通航制限に伴うLNG供給のひっ迫と価格高騰により、日本・韓国・欧州などでガスから石炭への燃料転換(gas-to-coal switching)が生じたことです。
一方でIEAは、中東情勢が緩和してLNG価格が下がれば、2027年には再び減少に転じる(前年比0.4%減)と見込んでいます。つまりこれは構造的な「石炭回帰」ではなく、地政学ショックによる一時的な「逆流」と捉えるべきでしょう。欧州やアジアの一部地域においても、地政学的なエネルギー調達不安への即応と、気候変動目標へのコミットメントをどう整合させるかという共通の難題に直面しています。
さらに足元では、地政学リスクという「供給側の制約」に加え、AIの急速な普及や巨大データセンターの整備に伴う「電力需要の急激な拡大」という需要側の変動も重なっています。24時間365日(常時安定・いわゆる24/7)のエネルギー供給をどう実現するか。その手段として、再エネ、蓄電池、系統増強、デマンドレスポンス(DR)、原子力、火力の調整力などをどう組み合わせ、最適化していくかという問題は、世界の産業界全体に突きつけられた課題と言えます。
「安全保障か脱炭素か」を超えて:GXそのものが安全保障になる
エネルギーを取り巻く国際情勢が不透明感を増す中で重要なのは、地政学リスクへの即応と、中長期的なGX(グリーントランスフォーメーション)の推進を対立させるのではなく、確実なトランジション(移行)戦略として両立させていく視点です。
化石賞のような象徴的なニュースは社会的な関心を惹きつけますが、一喜一憂するにとどまらず、その背景にあるエネルギー政策の課題や構造転換の本質を見つめることが求められます。
地政学リスクによる緊急時にはエネルギー供給の安定性とコストコントロールを確保する実効的な備えを維持しつつも、中長期的には化石燃料依存そのものを低減させる構造転換の手を緩めてはなりません。
むしろ、短期的に火力のバックアップが必要になったこと自体が、日本の輸入化石燃料への依存の脆弱性を浮き彫りにしています。化石燃料の輸入依存を低減させることは、カーボンニュートラルの達成に近付くと同時に、エネルギー安全保障の強化そのものでもあります。
企業経営やGX推進担当者にとっても、問われているのは「安全保障か脱炭素か」の二択ではありません。具体的には、(1) 調達先・燃料・電源の集中リスクを把握する、(2) 地政学・燃料価格のシナリオ別に事業への影響を試算する、(3) 省エネ・自家発電・PPA・蓄電池などを「カーボンニュートラル投資(またはGX投資)」としてだけでなく「レジリエンス投資」として再評価する、(4) 短期の緊急対応が中長期のGX投資を遅らせないよう移行ロードマップを維持する、といった取組が考えられます。
「エネルギーレジリエンスの強化」と「中長期的なGX推進」は対立するものではなく、GXそのものが安全保障になる。この視点を経営戦略に組み込むことが、不確実性の高い時代における持続的な成長と企業価値向上につながります。
<出典資料>
経済産業省 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス基本政策小委員会 資料
IEA「Coal Mid-Year Update 2026」(2026年9月公表)
