バイウィル 代表取締役CSO 兼 「バイウィル カーボンニュートラル総研」所長の伊佐です。

昨今、カーボンクレジットをはじめとする「排出量の取引」に関する情報が様々なメディアで取り上げられています。現在カーボンクレジットに関する取り組みを進めている皆さま、これから取り組みを検討しようとしている皆さまにおかれましては、ご不安なども多々あろうかと存じます。

本ブログでは、メディアで多く発信されている、カーボンクレジット取引の将来に対する悲観的・否定的な意見について、その論拠を踏まえ、できる限りフラットな立場から見解を述べてまいります。
皆さまがカーボンクレジットについて、ひいては各地域と日本のカーボンニュートラルについて考えていただくための参考としていただければ幸いです。
 

1.カーボンクレジット取引に関する論点の整理

カーボンクレジットに関して取り沙汰される各種メディア掲載記事の論調は、総じて下記のようなものが多いと認識しています。

  • カーボンクレジットによるオフセットは、カーボンニュートラルに寄与しない
    (企業は、自助による削減努力・設備投資に注力すべきである)
  • 世界的に見て、カーボンクレジット市場は停滞~低迷している
  • カーボンクレジットの脱炭素効果には疑念がある

 
これらの記事の背景にある論点は、端的にまとめると下記のように整理されます。

論点① カーボンクレジットによるオフセットは、何のためにするのか?
論点② 世界のカーボンクレジット市場が、なぜ停滞~低迷しているのか?
論点③ 日本のカーボンクレジット取引は、なぜ活性化しないのか?

本ブログでは、上記の論点に沿って、できる限り端的に弊社の見解を整理していきたいと思います。

<上記のような論調の参考記事(例)>

2.各論点に関する弊社見解

【論点① カーボンクレジットによるオフセットは、何のために行うのか?】

そもそも、オフセットとは、「他社のGHG(=温室効果ガス)削減成果によって、自社のGHG排出を相殺する」ことを指しますが、これは、カーボンクレジットの需要家の目線に立った定義です。
オフセットという仕組み自体は、「バリューチェーン外の中堅・中小企業や個人に至るGHG排出主体を、広く巻き込んで脱炭素を進める」ためにあります。

バリューチェーン内を巻き込んだ脱炭素推進のための仕組みがGHGプロトコル(排出量の算定段階で、自社だけでなく上流と下流の排出量も算入させる)だとすると、さらにその「バリューチェーンの外」まで広く巻き込み、カーボンニュートラルを実現するための仕組みがオフセットであると言えます。

これらを踏まえると、カーボンクレジットによるオフセットの目的は、大きく下記の2つが挙げられます。

 1)各企業主体で設定したGHG排出量削減目標(1)を達成する

※1 各国家が設定した削減目標の達成は、厳密に言えば一部のカーボンクレジットしか使えない(※2)ため同義ではありませんが、ここでは包含されるものとして整理します
※2 現在、弊社が創出・流通を支援させていただいている「J-クレジット」は、国家が設定した削減目標達成に対しても、各企業主体で設定した削減目標達成に対しても使うことができるものです

 2)実質的脱炭素義務を負うプライム上場企業のバリューチェーンの外まで、広範囲の企業の脱炭素を推進、持続化する

 
これら2つの目的、特に2)の目的に対して本質的に沿っているものであるかが重要であり、今後のカーボンクレジット取引の動向は、需要家も創出元も、この目的に適う取り組みを徹底できるか否かで大きく変わってくると言えます。

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【論点② 世界のカーボンクレジット市場が、なぜ停滞・低迷しているのか?】

グローバルでのカーボンクレジット市場は、日本よりも5~7年先行しており、特にボランタリークレジット(国家以外の民間団体が認証するカーボンクレジット)については、これまでにも何度か、取引量や取引単価が急上昇・急下降してきた経緯があります。そうした市場の急激な変化は、総じて下記のような要因によって起こってきました。

 ・脱炭素に関して影響力のある国際会議(COPなど)での発言内容や合意内容
 ・カーボンクレジットに関するスキャンダル
 ・各国の脱炭素に関する規制などの動き
 ・上記を踏まえた世界的大企業の脱炭素方針や戦略

 
日本の株式市場と同様に、各国のカーボンクレジット関連市場も、これらの影響が強く表れ、取引量や取引単価が乱高下することは珍しくありません。
弊社へのお問い合わせが多かった直近の各種メディアの記事も、2023年に生じた上記の要因による、主に海外のボランタリークレジット市場が停滞・低迷していることを報じるものでした。
総じて、

 1)海外のボランタリークレジットの取引価格が下落
 2)海外のボランタリークレジットの取引量も下降傾向

という記事をご覧になり、日本のカーボンクレジットの将来について不安を感じられた方のお声が多かった印象です。
実際、データ上、上記の傾向は明確に出ており、海外のボランタリークレジットの市場動向として、将来性が高い、明るいと見ることは難しいのが現状です。

一方で、上記の傾向についてはその要因は明確です。
主に、

  • 海外ボランタリークレジットの多くは森林由来のものであり、植林以外の、森林経営による削減効果に対しては根強い疑問の声がある。
  • その多くは、「森林経営による削減効果の算定式の科学的根拠に乏しい」「森林経営による削減効果が計画通りに出せているか、モニタリングを精緻に行うことが困難」というもの
  • 更に、近年は「計画書にある森林が、そもそも存在しないことが後の調査で判明した」などのスキャンダルがあった。

などで、削減目標達成のために多くのオフセットを必要とする世界的大企業が、そもそも削減効果に疑念のあるボランタリークレジットを購入することに対して慎重になったことで需要が低下し、その影響で価格も下落しているのが現状です。

ただし、これらの情報は、あくまで「海外の」「森林を中心としたボランタリークレジット」に関するものであり、「日本の」クレジットや、「ボランタリークレジット以外の(国が認証する)カーボンクレジット」にそのまま当てはまるものではありません。

つまり、昨今メディアで語られる世界のカーボンクレジット市場動向は、主に「ボランタリークレジット」の話であり、その「削減効果に対する疑念が根強い」ことによって、レピュテーションリスクを回避するなどの理由で「需要家が購入を控える発表をし、実際に購入を避けている」影響で、取引量・取引価格ともに停滞・低迷している、と言えます。

【論点③ 日本のカーボンクレジット取引は、なぜ活性化しないのか?】

上記の論点②を踏まえ、ボランタリークレジットがまだほとんど流通していない日本国内のカーボンクレジット取引が活性化していない理由についても考察します。

現在、今年開設された東京証券取引所によるカーボンクレジット市場の取引量でも顕著に表れているとおり、国内のカーボンクレジットの取引は非常に限定的です。しかし、上記論点②で述べた、海外のカーボンクレジット市場の停滞・低迷と全く同じ理由かと言われると、そうとも断言できません。

各種データの分析や、関連省庁・東京証券取引所・多くの需要家の皆さまとのセッションを通じて我々が把握している日本のカーボンクレジット取引の実態は、下記のとおりです。

  1. 多くのプライム上場企業(≒大手需要家)は、2050年カーボンニュートラル実現のための目標設定と具体的なアクションプランを策定途中の段階である
  2. 上記 1.の影響もあり、多くの上場企業は、自社としての脱炭素方針・戦略が明確に定まっていないなか、SBTCDPに代表される国際イニシアチブの考え方をそのまま自社に当てはめるに留まっている。
  3. そのため、設備投資や再エネ化を優先する傾向が海外よりも強く、オフセットについては総じて慎重な企業が多い。


これらに加えて、東京証券取引所のカーボンクレジット市場に限って言えば、現在、市場に出る商品が「カテゴリ」と「量」と「単価」くらいしか表示されておらず、「方法論」「ヴィンテージ(何年に作られたクレジットか)」「排出係数」「創出元(プロジェクト実施者)」などの多くの企業が購入判断をするために必要としている情報がマスキングされていることも、公開市場が開設されてもカーボンクレジット取引が活性化しない要因となっています。
つまり、需要家にとっては「買いにくい」市場になってしまっている、ということになります。

一方で、日本を代表するカーボンクレジットである「J-クレジット」は、国が認証するカーボンクレジット(=ボランタリークレジットではない)であるため、非常に厳正な審査が行われ、その削減効果の確実性を重視しています。このため、創出プロセスに大きなリソースを要し、創出量の増加に限界がある状態であることも、取引が活性化しにくい要因のひとつでしょう。実際に、再生可能エネルギー・省エネルギーにカテゴライズされるJ-クレジットで、ヴィンテージの新しいものは、既に需要過多が顕在化しており、需要家の皆さまは調達にお困りのようです。

まとめると、日本のカーボンクレジット取引は、その前提となる日本の大手需要家のオフセット方針・戦略が不明確であり、カーボンクレジットニーズの多くが潜在化していることに加え、創出量も取引手段も限られている、という日本固有の事情が、前述の海外事情と相まって、いわば「様子見」の状態であると考えることができます。

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 3.最後に

これまでに述べてきた通り、国内・海外のカーボンクレジット市場の動向については、フェーズ(成熟度)もクレジットの構成も違うため、海外の動向を捉えてそのまま今後の国内市場動向を推察することは難しいと考えられます。

もちろん、先行事例として海外動向を常に観察し、活かしていくことは重要ですが、より重要なのは、日本や各地域の特性、特に、

 ・脱炭素の原資となる環境資源の特性
 ・産業構造や規模の構成
 ・カーボンクレジットを取り巻く各種規制や制度、ガイドラインの更新

などを踏まえて、もっとも本質的に脱炭素が推進される取り組みを、着実に積み重ねつづけることです。

前述の論点①~③を踏まえ、私たちと皆さまが取り組むべきことは、

  1. 脱炭素に関するリテラシーを高めつづけること
  2. 上記のような、各地域の特性に最適な脱炭素戦略を明確に描くこと
  3. 中堅・中小企業はもちろん、個人も含めた上場企業のバリューチェーン外まで広く巻き込み、脱炭素に取り組める仕組みを構築すること
  4. その軸となるカーボンクレジットは、「確実な効果」と「信頼性」を担保すること

であると考えています。