バイウィル 代表取締役CSO 兼 「バイウィル カーボンニュートラル総研」所長の伊佐です。

2023年10月、東京証券取引所によってカーボン・クレジット市場が開設されました。

本ブログでは、カーボン・クレジット市場の現状とそれに対する需要家・創出元の声、そしてカーボンクレジットの本来の機能について、弊社の見解を述べてまいります。

皆さまがカーボンクレジットについて、そして日本のカーボンニュートラルについて考えていただくための参考としていただければ幸いです。
 

1.カーボン・クレジット市場の現状

脱炭素を推進させる機能を期待されているカーボンクレジットですが、日本においては、クレジットの創出量はまだそれほど多くはなく、需要家による購入・活用も限定的なものになっているのが現状です。

そのような中、2022年度に経済産業省からの受託によって実証事業を行った東京証券取引所が、2023年10月にカーボン・クレジット市場を開設しました。

市場開設によって、カーボンクレジットの創出元(作り手)は「クレジットを創ることで、環境価値が適切に評価され、経済的な利益が見込めるようになる」ことを期待し、需要家(買い手)は「もっとオープンに妥当な金額でクレジットを購入できるようになる」と期待したことかと思います。

しかし、実際には期待されていたほどの活発な取引は行われていないのが現状です。

確かに、市場開設当初は多数の種類のクレジットにおいて一定の取引が成立していましたが、11月以降は、省エネ・再エネ以外のJ-クレジットに関しては1件も取引が成立しておらず、省エネ・再エネ由来のJ-クレジットに関しても市場が開設してからの1日の平均取引量は1,500~2,000t前後となっています。

また、取引価格も低位均衡状態が続いており、省エネ・再エネ由来のJ-クレジットについては、それまで上昇傾向にあったJ-クレジット制度事務局による入札販売の取引平均額をも下回る状態が続いています。(※2024年2月時点)

 

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2.カーボン・クレジット市場の現状に対する弊社見解

より活発な取引が行われることを期待していたクレジットの創出元や需要家の中には、市場開設後の現状に不安を覚えている方も少なくないのではないでしょうか。

このような市場の現状を基に、「カーボンクレジットには需要がないのではないか」、「カーボンクレジットには脱炭素を推進するほどの影響力はないのではないか」などの意見が出されることも多々あります。

【カーボン・クレジット市場低迷の原因とは?】

では、なぜ日本のカーボン・クレジット市場は取引数・価格ともに低迷しているのでしょうか。
私は、現在のカーボン・クレジット市場は需要家にとって「クレジットを買いにくい」状態であると考えています。

買いにくい状態になっている要因として、需要家からは下記のような声が上がっています。

1.売られているクレジットの情報が見えない

多くの需要家は、J-クレジットの種類(省エネルギー・森林など)だけではなく、「方法論」「実施者」「排出係数」「ヴィンテージ(クレジット創出年)」など、より詳細な情報をもとに購入可否や価格・数量を決定します。
現在の市場では、これらを確認することができないため、需要家は、購入判断に足る情報がないと感じられていることが予想されます。

需要家がこの点を懸念している証拠としては、市場で「1t買い」が行われていることが挙げられます。

「1t買い」とは市場で販売されているクレジットの情報を得るために、試しに1t分のクレジットだけを購入することです。
市場では、「1t買い」によって中身を確認されたクレジットが更にそのまま売りに出されるという事例も見受けられます。

こうした事例からは、方法論や実施者、創出年などのクレジットに関する詳細な情報を確認し、希望条件と一致するものだけを購入したいという需要家の要望が読み取れます。


2.クレジットの指名買いができない

カーボン・クレジット市場でクレジットを購入する際には、「希望するクレジットの種類」と「希望する買値」を提示することができますが、該当する種類の中で売値の低いものから取引が成立する仕組みになっているため、認証番号などによって具体的な銘柄を選択することはできません。

「詳細な情報が分からないので、とりあえず安価なクレジットは避けて購入したい」など、公開されている売値をもとに、購入するクレジットに狙いをつけたとしても、狙ったクレジットの取引が成立するとは限りません。


3.取引量の少なさへの不安がある

上記1・2の要因によって、成立する取引が少ないため、取引量の少なさを不安に思い、市場での取引への参加を見送っている需要家も多く存在します。

 

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【創出元への影響】

また、このような市場の現状は、創出元にも影響を与えています。

市場開設のニュースによって、多くの創出元は「自分で販売先を見つけることができなくても、環境価値が適切に評価されるようになり、経済的な利益も得られるようになる」と期待を抱いたかと思いますが、現在のカーボン・クレジット市場では、そのような創出元の期待には応えきれていない状況といえるかもしれません。

具体的には、市場に対する創出元からの声として、以下のようなものが挙げられます。

1.市場に売りに出しても、本当に売れるのか分からない

2.市場に売りに出すことで、高く売れるようになるのか分からない

3.市場に出すよりも、自分で売り先を探した方が良いのではないか

 

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このように、創出元が市場での販売に不安を抱いている状況では、良質かつ十分な数量のクレジットが市場に売り出されず、やはり需要家にとっても魅力的な取引所とはいえないでしょう。

このような状況が続くと、近い将来、創出・販売されるクレジット量が少ないために、大手企業の目標達成のためのクレジットが不足するという事態も起きかねません。

 3.最後に

カーボンクレジットとは、本来どのような役割を果たすものなのでしょうか。

カーボンクレジットは、購入する側にあたる需要家にとっては、自助努力だけでは達成できない高い脱炭素目標を達成しきるための数少ない手段となります。

また、カーボンクレジットを創って売却する側にあたる創出元にとっては、コストをかけて脱炭素に取り組む理由として、社会貢献性だけでなく経済価値(=お金)を得るということも加わることになります。

つまり、大手企業がカーボンクレジットを購入することで、クレジットの創出元となり得る中堅中小企業の脱炭素アクションに取り組むモチベーションを向上させ、自社のバリューチェーン外の企業にまで脱炭素アクションを促すことができるということです。

上記でご説明した通り、カーボン・クレジット市場は、このような元来のJ-クレジットの機能を発揮させるプラットフォームになりきれていないのが現状です。

東京証券取引所もこういった現状は認識しており、今後、より取引を活性化させていくために、マーケットメイカー制度を試行的に実施するなどによって改善を図っていますし、取引上で求められる情報も段階的に開示されていくことでしょう。

日本には、たくさんの中堅中小企業が存在しており、地方には、未だ活かされていない環境資源が多く眠っています。

カーボンクレジットが、脱炭素推進に向けて本来の役割を果たすために、カーボン・クレジット市場も、もっとオープンで、簡単に、正しく市場原理が働く場となり、妥当な金額で活発な取引が行われるようになることを期待しています。

何よりも、カーボンクレジットの本来の機能や役割に関する理解が日本中に広まっていくことを願っています。