バイウィル 代表取締役CSO 兼 カーボンニュートラル総研 所長の伊佐です。

いよいよ、1月20日から「トランプ2.0」がスタートしました。トランプ氏と言えば、前政権時もパリ協定から脱退するなど脱炭素に対して否定的でしたが、今後アメリカの、そして世界の脱炭素政策はどのようになっていくのでしょうか? 

今回の記事では、脱炭素にかかわっている人ならずとも気になる「トランプ2.0」下における脱炭素についてお伝えします。

トランプ氏の大統領就任で脱炭素にストップはかかるのか?

2024年11月に行われたアメリカ大統領選挙で共和党のトランプ氏が勝利し、2025年1月20日、正式に大統領に就任しました。

いよいよ「トランプ2.0」が正式に稼働することになりますが、そこはやはりトランプさん、大統領選挙勝利直後から、経済政策は当然のこととして、脱炭素に関してもさまざまな発言を繰り広げました。その一挙手一投足が注目され、メディアでも「“トランプ2.0”は世界の脱炭素を止めてしまうのでは?」という論調が目立ちます。幣総研にも、私個人のところにも、たくさんのご質問や不安の声をいただきました。

トランプ氏の大統領再任で、脱炭素業界の方々がまず想起したのは、「パリ協定離脱」ではないでしょうか? 「トランプ1.0」とも言うべき前就任期間中(2017~2021年)もトランプ氏は、世界中の多くの人がグローバルにおける既定路線と考えていた脱炭素の潮流に、「パリ協定離脱」という大きな波紋を起こしました。前政権時のパリ協定離脱の記憶が強烈に脳裏に刻まれている方は多いのではないでしょうか?

それゆえ、「トランプ2.0」と聞いて「再びパリ協定離脱か?」「それに起因して、世界の脱炭素の動きに強いブレーキがかかるのではないか?」という想像をするのも当然のことです。

再選決定後からのトランプ氏の「脱・脱炭素」の動き

実際に、就任を待たずして、再選決定後のトランプ氏による脱炭素に関連した動きは活発でした。トランプ氏が直接的に関与したもの以外も、少なからずトランプ氏の方針に沿ったと思われる、再選後の象徴的な動きをいくつか列挙してみましょう。

  • IRAのいくつかの炭素関連予算を廃止、または縮小
    ※例として「北米産EVの税額控除」「個人向け含む商用EVリースへの税額控除」「住宅向け再エネ導入補助」などは廃止の想定
  • テキサス州はじめ、共和党優勢の10州が、ブラックロックをはじめとしたアメリカの三大資産運用会社を反トラスト法違反として、連邦裁判所に提訴。ESGの名の下に石炭メーカーに圧力をかけ、株価下落や石炭価格高騰を招いたとの主張
  • アメリカの金融機関が、NZBAなどの「ネットゼロ」を掲げる金融機関を中心とした有力な同盟から相次いで脱退
  • パリ協定離脱を決定
  • グリーンニューディール政策の廃止
  • その他、再エネ重視の政策から、化石燃料使用を前提とした政策への転換


再選決定後の2024年12月から2カ月足らずの間に、これだけ多くのことが起きれば、「やはり“トランプ2.0”は脱・脱炭素なのか」「脱炭素は今後、どうなってしまうのか?」という思いを抱くのもよく分かります。しかし、本当にそうでしょうか?

トランプ氏はアメリカの経済を発展させる「ビジネスの人」

ひとつ、興味深いデータを共有させていただきます。GHG排出量は総じて経済規模と相関するものなので、排出量だけを見ても脱炭素が進んでいるのかは判断しにくい仕組みになっています。そのため、「GDP当たり排出量」という指標で、「トランプ1.0」での脱炭素の成果について検証してみました。

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上記のグラフを見ていただければわかるとおり、今回と同様パリ協定から離脱していた「トランプ1.0」の期間中、後に続くバイデン政権時代よりも、アメリカの脱炭素は前進しています。つまり、トランプ氏は、「反脱炭素」のスタンス・ポーズを明確に示しつつも、実態としては脱炭素につながる政策をしっかり進めていたことになります。これはどういうことなのでしょうか?

「トランプ1.0」の前政権時、そして当選後である「トランプ2.0」がはじまる前、そして就任後の動きから見えてくるのは、トランプ氏が「ビジネス」の人物だ、ということです。つまり、トランプ氏が最も重要視するのは、アメリカという国の経済が更に成長し続けることであり、全てがその軸で組み立てられているということです。
その視点で捉えるならば、トランプ氏は極めて一貫性のあるスタンス・方針・アクションをしているとすら思えます。

つまり、前述したアクションはすべて、「アメリカに対して、脱炭素という切り口で過剰なコストを強いることは許さない」という強烈なメッセージなのです。そして、ビジネスの人であるがゆえに、グローバルでアメリカが「商売」をしていくために、脱炭素の成果を出しつづけることが前提条件になっているという事実は当然認識しており、その現実を受け入れているということでしょう。だからこそ、「トランプ2.0」が本格的にはじまったとしても「反脱炭素の姿勢」を示しつつ、「明確な脱炭素の成果」は出しつづけるはずです。

脱・脱炭素?「トランプ2.0」の政策はこうなる

トランプ氏がアメリカの経済成長を最重要視し、脱炭素に過剰なコストはかけず、しかし成果は出す、というスタンスであるのならば、考えるべきは脱炭素の「投資対効果」です。最小限の投資で、確実かつ大きな成果を見込めるものには投資し、そうでないと判断したものはダイナミックに切り捨てる。この考え方に沿って、前述のアクションを見ると、トランプ氏の脱炭素の戦略が少し見えてきます。

おそらくトランプ氏、そしてこれからのアメリカは、再エネ化を最優先した政策展開でなく、ある程度の化石燃料の使用を前提としたGXを志向することになります。そして、再エネ化・EV義務化を進めない=脱炭素にコミットしない、ではないことは、これまでに述べたとおりです。トランプ氏の動きは、謂わば「天然資源活用と既存産業モデルの融合的GX」あるいは「実践的なトランジション戦略」と捉えることができるのではないでしょうか。

・Scope1は水素とe-X
・Scope2は原子力
・それ以上の追加的、かつ長期で有望な手段はDAC
・上記を加速させる一方で、化石燃料関連企業の「自由」を今しばらくは確保する
というわかりやすい軸で予算や政策を組み立てていくことが予測されます。

脱炭素は進める、しかし、現時点で最も投資対効果が高いと思われるものにリソースは集中させる。その裏返しとして、投資対効果が低いものからは手を引く。経済成長とのバランスをとるためにも、いずれ無理なく化石燃料を代替物に転換していくためにも、これまで脱炭素に縛りつけられてきたいくつかの業種、例えば、石油・ガスなどの「燃料」を取り扱う業種、またこれらの企業と直接的な取引をする業種に「自由」を確保する。そんな流れになっていくのではないでしょうか。

「トランプ2.0」はこれまでの脱炭素を変える起点になる

もちろんこれらは私の私見ですし、このとおりにアメリカが、世界が動いていくと決まっている訳ではありません。しかし、遠からず私の予測のような動きになっていくと思っています。

そしてこれらの動きが「世界の脱炭素」をどう変えるか、についても、全く悲観していません。社会の大きな動きというものは、常に振り子のように揺らぎながら、バランスを見出していくものです。世界の脱炭素はまさにそうで、これまでは、「脱炭素を至上命題として、地球上の最大限のリソースを脱炭素に投下することが正義」と言わんばかりでした。

もちろん、2050年カーボンニュートラルという超長期の目標を掲げ、大きく過去のパラダイムを変え、脱炭素の潮流を生み出すためには、そうあるべきだったと私も思います。経済性を最重要視してきた近現代で、強固に培われた考え方や価値観、慣習を変えるには、極めて強い強制力が必要です。だからこそ、2050年カーボンニュートラルという壮大な目標に向かって、世界は舵を切ろうとしているわけです。

しかしその一方で、脱炭素において先陣を切らねばならなかった先進国や大手企業は、脱炭素の取り組みを推進する中で、高いGHG排出量削減目標を実現するための強固な規制・ルールを前に、カーボンニュートラル実現に自信をなくしはじめていたのもある意味現実です。

現に、SBTiやVCMIのような脱炭素において、直接投資を優先する厳格なルールを形成してきた国際的な組織ですら、Scope3のオフセットに関する基準をそろそろ検討すべきタイミングであると考えはじめている兆しが見えます。これからはじまる「トランプ2.0」は、「厳格な直接投資最優先のルール」から、「これまで、一定以上脱炭素を推進してきた結果、より実践的なルール」を形成すべきという流れの起点となるように感じています。

より実践的で、現実的なカーボンニュートラルの方法論が生まれる

世界で最も大きな影響力を持つアメリカが、前述したとおりの脱炭素に関するスタンスとアクションにこれから取り組むのであれば、ある意味でより実践的で現実的なカーボンニュートラル実現の方法論が生まれやすくなっていくでしょう。

そういった意味では、「トランプ2.0」は、より多くのステークホルダーが現実的なやり方で、より前向きに脱炭素に取り組んでいく社会を実現する動きを加速してくれるという見方もできます。大事なのは、あらゆる国・地域・企業が、最も効果・効率が高い脱炭素推進のアクションを考え続けることであり、そのうえでその方針を明確に示し、アクションし続けるということです。

私たち、バイウィルが世の中に浸透させたいカーボンクレジットの活用は、特にこれから脱炭素に取り組むことになる途上国や中小企業の脱炭素の起点になり得るものです。そして、すでに脱炭素のために大きな投資をし、「これ以上は逆に非効率だ」と感じはじめている先進国や大手企業にとっては、バリューチェーン外に対する効果・効率の高い間接投資手段です。そういった意味で、まさにこれからの数年で、脱炭素の進め方に新しいスタンダードが創られるのは間違いなく、こうした流れを踏まえながら、最も効果・効率的、かつ実践的な脱炭素アクションを進めていきましょう。