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【総研ブログ】GX-ETS排出枠市場の設計論点と、企業が今から備えること

N.UEDA
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目次

2026年度よりGX-ETS第2フェーズが本格稼働しました。制度対象企業は、初年度の対応として2026年9月30日(水)までに基準排出量の届出および目標設定・移行計画の提出期限を迎えました。一方で、2027年度秋頃に開設される排出量取引市場の詳細設計に関する検討が8月26日(水)より開始されており、年内を目途に排出量取引制度小委員会(産業構造審議会 イノベーション・環境分科会)のとりまとめがなされる見通しです。

今回は、審議中のアジェンダと主要論点を整理した上で、企業が今後の戦略を策定する上で重要となるポイントを明らかにします。

制度対象企業の現状

今春、具体的なGX-ETSマニュアルが公開され、対象企業は自社への影響を定量的に把握することが可能となりました。ベンチマークが適用された特定業種の企業では、GXの取組における同業他社との相対的な比較が如実に現れる一方で、グランドファザリングが適用された企業においては、自社の取組の見通しに比べて足元は比較的余裕があるという声も多く聞かれます。

しかし、いずれの企業においても、2027年度秋頃の市場開設に向けて、排出枠の取引方針やクレジットの利活用方針の策定、ならびにそれに伴う社内管理体制の構築が十分に整っている企業はごくわずかです。その背景には、(1)排出枠市場の設計(特にバンキング抑制策)の不透明さ、(2)排出枠取引とクレジット活用の本質的な違いの不明確さ、(3)将来的なカーボンプライシングの上昇カーブが見通せないこと、という3つの要因が存在します。

本稿では、(1)については次章で審議中の論点として、(2)・(3)については「排出枠・クレジット・カーボンプライスの捉え方」として、それぞれ考え方を整理します。

排出枠市場設計のアジェンダ

審議中のアジェンダのうち、特に注目すべきは「市場参加者」「リバースオークション」「バンキング抑制策」の3点です。なお、いずれの論点も現在検討中であり、以下は現時点での議論の状況と、それを踏まえて想定されるシナリオを分けて記載しています。

【市場参加者】

市場参加者に関する議論の中心は、市場の流動性を担保するための、制度対象企業以外のマーケットメーカーに対する要件定義です。これと併せて対象企業が検討しておくべき論点は、市場取引と市場外取引(いわゆる相対取引)の使い分けです。参考までに、J-クレジットの取引においては、市場取引よりも相対取引の量が圧倒的に多いのが実態です。もっとも、GX-ETSの排出枠市場がJ-クレジット市場と同じ構造になるとは限らず、マーケットメーカーの参加要件等によって市場の流動性は大きく変わり得ます。

一方で、排出枠取引においては、定められた期間内に取引を完了させる必要があることに加え、担当者は取引価格の妥当性を社内で説明しなければなりません。これは、十分なトレーディング機能を備えていない企業にとって大きなハードルとなり得ます。

そこで重要となる視点は、市場取引と相対取引それぞれの役割を踏まえた使い分けです。市場取引は、市場で形成される価格を通じた「価格発見」と「透明性」に強みがあり、取引価格の妥当性を社内で説明する際の拠り所にもなります。一方、仲介事業者(プロバイダー)等を介した相対取引は、必要な「数量の確保」、受渡時期等の「条件調整」、期間内に確実に約定させる「執行確度」に強みがあります。市場価格をベンチマークとしつつ、必要量の確保には相対取引も活用するなど、両者を組み合わせる視点が求められます。

【リバースオークション】

排出枠市場では、価格の予見可能性を高めるため、上限価格と下限価格を設ける価格安定化措置が検討されています。価格が上限価格を超えて高止まりする場合には、事前に定めた価格を支払うことで排出枠を保有しているものとみなす「みなし保有措置」が、価格が下限価格を下回って低迷する場合には、GX推進機構が排出枠を買い入れる「リバースオークション」が、それぞれセーフティネットとして検討されています(9月25日の第9回排出量取引制度小委員会)。
リバースオークションを発動してもなお価格が低迷する場合について、GX2040ビジョンでは「割当てに関する基準を厳格化し、需給を引き締めることも検討する」とされています。

リバースオークションの具体的な仕組みや発動条件は今後の議論次第ですが、対象企業においては、年々割当量が減少していくことに加え、市場の低迷が続いた場合には割当基準の厳格化によって割当量がさらに削減される可能性も念頭に置いた戦略策定が求められます。仮に市場価格が低迷すれば、足元の直接的な金銭的負担は限定的となりますが、その反動として将来的な割当量の減少や、それに伴う市場価格の上昇というシナリオも想定しておく必要があるでしょう。

【バンキング抑制策】

バンキング抑制策(流動性の確保)は、排出枠取引市場に最も大きな影響を与え得る要素と言っても過言ではありません。10月以降の委員会において海外の先行事例等を参考に検討される見通し

であり、現時点で具体的な手法は決まっていません。また、市場原理は数式や理論だけで完全に制御できるものではないため、導入後も市場の実際の動向を確認しながらチューニングしていく現実的な運用になると考えられます。その狙いは、市場価格を上下限に張り付かせず、適正な範囲内で流動的に変動させることにあります。

仮に強いバンキング抑制策が導入された場合、割当量に余裕がある企業であっても、余剰分の一定割合を市場で売却する必要が生じる可能性があります。そうしたシナリオも想定し、価格が変動する市場環境において「いつ・いくらで・どれだけの量を売買するか」という売買戦略の検討を、今のうちから進めておくことが重要です。

排出枠・クレジット・カーボンプライスの捉え方

【排出枠とクレジットの違い】

冒頭で挙げた2つ目の要因である「排出枠とクレジットの違い」は、両者の役割から整理すると明確になります。

  • 排出枠:制度対象企業の間で、排出可能量の過不足を調整するためのもの

  • クレジット:制度外で生じた削減・吸収の価値を、一定の条件の下で義務履行に活用できる補完的な手段

つまり、排出枠は制度の「内側」で排出可能量を融通し合う仕組みであり、クレジットは制度の「外側」で生まれた削減努力を取り込む仕組みです。クレジットの活用には一定の条件が付されるため、両者は単純に置き換えられる関係にはありません。したがって、問うべきは単なる短期的なコスト比較ではなく、「自社の直接排出削減投資を最大限に進めることを大前提とした上で、削減困難な残余排出量に対して排出枠と適格クレジットをどのような比率・タイミングで補完的に組み合わせるか」です。

【価格は「予測」ではなく「シナリオ」で捉える】

3つ目の要因である将来のカーボンプライスについても、上限・下限価格が設けられるとはいえ、その範囲内でどの水準・カーブで推移するかを一意に予測することは困難です。実際、「価格が見通せるようになるまで取引方針を決めない」という企業は少なくありませんが、待っている間にも市場開設までの準備期間は失われていきます。

実務的には、「低価格」「ベース」「高価格」といった複数の価格シナリオを置き、それぞれのシナリオの下で削減投資・排出枠の売買・クレジット活用の経済性を比較することが有効です。どのシナリオでも合理性を失わない打ち手を軸に据え、シナリオが変化した際の切り替え条件をあらかじめ定めておくことで、価格の不確実性を前提とした意思決定が可能になります。

対象企業が準備すべきこと

制度対象企業においては、まず年内に取りまとめられる見通しの排出枠取引市場の詳細設計を確認した上で、2027年度秋頃の市場開設および実際の取引開始までに、社内の準備を完了させる必要があります。準備すべき事項は、「戦略」「取引方針」「実行体制」の3つの層に分けて整理すると分かりやすくなります。

【戦略:自社のポジションを把握する】

出発点は、自社の排出見通しと割当量、削減投資の余地、そしてカーボンプライスの変動が自社の収益に与える影響(価格感応度)の把握です。前述の複数の価格シナリオを用いて、削減投資・排出枠・クレジットそれぞれの経済性を比較し、自社にとって最適な組み合わせの方向性を定めます。バンキング抑制策が導入された場合の売却必要量についても、シナリオとして試算しておくべきでしょう。

【取引方針:使い分けと売買のルールを定める】

次に、戦略を具体的な社内ルールに落とし込みます。排出枠とクレジットの使い分け、市場取引と相対取引の使い分け、売買のタイミングや価格・数量の判断基準、余剰分を持ち越すか売却するかといったバンキング方針などをあらかじめ定めておくことで、個々の取引判断に一貫性が生まれ、担当者が取引価格の妥当性を社内で説明しやすくなります。

【実行体制:社内の仕組みと外部リソースを整える】

最後に、取引方針を確実に実行するための体制を整備します。決裁フローや権限規程、価格変動や取引相手に関するリスク管理、会計処理、取引・保有状況を管理するシステム、そして相対取引の相手方を探索するための外部プロバイダーの活用などが挙げられます。排出枠とクレジットの双方を扱う複雑なオペレーションを実行するためには、専門的な知見・経験の獲得など、対応すべき課題が山積しています。

市場設計の詳細が未確定の現時点では、様子見を選ぶ企業も多いでしょう。しかし、すべての制度が確定してから動くのでは遅いと言わざるを得ません。今のうちに、自社の実質的な排出削減努力を核に据えつつ、排出枠や適格クレジットの活用を一体で設計する「炭素ポートフォリオ戦略」を準備しておくことが、将来のGX移行リスクとコストを抑える鍵となります。

株式会社バイウィルでは、直接削減の推進から、高品質なカーボンクレジット等の調達・活用方針策定、社内管理体制の構築、取引実務までを一貫してご支援いたします。ご不明な点やご相談がございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。

 

<参考資料>
経済産業省|産業構造審議会 イノベーション・環境分科会 排出量取引制度小委員会

N.UEDA
執筆者:N.UEDA
九州大学院工学部修了、電力会社に入社。発電所勤務の後、電力自由化を契機とした部門横断のバリュチェーン最適化に取り組む。その後、脱炭素推進のためのCCSプロジェクトやカーボンプライシング戦略策定をリード。脱炭素技術を含めたエンジアリングの知見をバックグランドとし、中長期の戦略策定や社内外を巻き込んだプロジェクトの組成、リードに強みを持つ。 幅広い知見と深い考察をベースに、「出来ない理由よりも、どうすれば実現出来るかを考える」を信条に、スピード感と積極性の高いコンサルテーションで、クライアントと並走するご支援を提供する。
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