【総研ブログ】SSBJ対応で企業の差がつくのは、「開示」の先である
目次
2027年3月期から、プライム市場上場企業のうち平均時価総額3兆円以上の企業を皮切りに、SSBJ基準に基づくサステナビリティ情報の開示が始まります。対象となる企業では、開示項目の整理、GHG排出量データの整備、社内体制づくり、第三者保証への準備など、実務対応が急ピッチで進んでいます。
一方で、各社の開示を見渡すと、すでに一つの「差」が表れ始めています。2026年3月期の有価証券報告書を対象とした調査では、気候関連の「リスク及び機会の識別」や「財務的影響」に言及した企業がいずれも4割を超えました。ところが、「資本投下」――つまり、そのリスク・機会に対して実際にどれだけ投資したか――に触れた企業は、前期の8.2%から伸びたとはいえ12.2%にとどまっています。(※1)。
何がリスクで、財務にどう影響し得るのかまでは書けている。しかし、それを受けて経営として何を決め、どこに資本を振り向けたのかは、まだ十分に語られていない。私たちは、このギャップこそが、これからSSBJ対応で企業の差がつく場所だと考えています。
SSBJが企業に問うていることを経営の言葉に置き換えると、「自社を取り巻く環境変化をどう捉え、それが将来の事業や財務にどう影響し、そのために何を決め、どこへ投資し、どう企業を変えていくのか」という問いになります。SSBJは「何を書くか」以上に、「経営として何を決めるか」を問い直す契機になり得るのです。
SSBJ基準の逐条的な解説は、すでに監査法人や基準設定主体などから充実した情報が提供されています。そこで本稿では、2026年9月に当社が開催した2日間のSSBJ解説セミナーの内容をもとに、制度の要点を押さえたうえで、その一歩先――企業としてどう対応し、GXをどのように企業価値の向上へ接続していくか――を考えてみたいと思います。
まず押さえたい、SSBJ基準の骨格
SSBJ基準は、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が公表したIFRS S1・S2をベースに、日本の制度環境に合わせて策定された開示基準です。企業の将来キャッシュフロー、資金調達、資本コストに影響し得るサステナビリティ関連のリスク・機会について、投資家の意思決定に有用な情報を開示することを目的としています。
基準は「適用基準」「一般開示基準」「気候関連開示基準」の3本で構成され、開示内容は「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」という4つのコア・コンテンツで整理されます。気候関連では、GHG排出量に加えて、シナリオ分析、移行計画、資本投下、内部炭素価格、財務的影響なども開示の論点になります。
ここで一度、4つのコア・コンテンツを「開示項目」ではなく、「経営が答えるべき問い」に置き換えてみます。
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ガバナンス:誰が判断し、誰が責任を持つのか
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戦略:リスク・機会を受けて、事業と投資をどう変えるのか
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リスク管理:何を重要と判断し、既存の経営管理にどう組み込むのか
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指標及び目標:戦略が実行されていることを、何で測るのか
こう捉えると、SSBJへの対応がサステナビリティ部門だけでは完結しない理由が見えてきます。経営企画、CFO・経理、事業部門、調達、IT、IR、内部監査までを巻き込む、全社経営のテーマだといえます。
スケジュールは「開示の時計」と「保証の時計」を分けて考える
実務の起点は、自社の適用時期を正確に押さえることです。2026年2月に公布された改正開示府令により、平均時価総額3兆円以上の企業は2027年3月期から、1兆円以上3兆円未満の企業は2028年3月期からの適用が確定しました。5,000億円以上1兆円未満の企業については、2029年3月期からの適用方針が金融審議会のワーキング・グループ報告で示されています(府令への反映はこれからです)。
また、適用開始年度とその翌年度は、翌期の半期報告書の提出期限までに訂正報告書を提出することを前提に、有価証券報告書での記載を後ろ倒しできる「二段階開示」も選択できます。これを使うかどうかも、準備状況を踏まえて経営として判断すべきテーマの一つです。
もう一つ大切なのが、開示の開始と第三者保証の開始を同じものとして扱わないことです。保証の法的な枠組みは、2026年7月に成立した改正金融商品取引法によって整備され、2027年4月に施行されます。制度ロードマップでは、保証は開示開始の翌期から、当初はScope1・2の排出量とガバナンス・リスク管理を対象に、限定的保証の水準で始まる方向が示されています。
だからこそ私たちは、開示初年度を「書類を仕上げる年」ではなく、「翌期の保証に耐えられる記録を残す練習の年」と捉えることをお勧めしています。算定方針、承認記録、証憑、変更履歴、重要性判断の根拠などは、後からまとめて作ることができないからです。
あわせて、基準の「版」にもご注意ください。SSBJは2026年3月にGHG排出の開示に関する初めての基準改正を行い、6月には温対法のSHK制度で算定・報告した排出量を開示に用いる場合の実務対応基準を公表しました。5月には、すべての定めに準拠していないにもかかわらず「SSBJ基準を参考にして」といった包括的な表現で言及することは避けるべき、という注意喚起も出ています。社内の検討資料が2025年の公表版のままになっていないか、自社の適用年度にどの版が適用されるのかを、改めてそろえておくと安心です。
経営の視点で読みたい、SSBJの3つの規定
SSBJには、開示の書き方にとどまらず、経営のあり方そのものに関わる規定がいくつも含まれています。なかでも私たちが特に注目しているのが、次の3つです。
「つながりのある情報」――開示の整合性は、経営の整合性
SSBJは、情報が単体で並ぶことではなく、つながっていることを求めています。リスク・機会同士のつながり、4つのコア・コンテンツ同士のつながり、そしてサステナビリティ開示と財務諸表とのつながりです。
これは、ページ間の参照を増やせばよいという話ではありません。例えば「炭素価格の上昇」をリスクと判断したのであれば、将来どの程度コストが増えるのか、その影響を抑えるために何へ投資するのか、投資によって排出量やエネルギーコストがどれだけ下がるのか、結果として利益やキャッシュフローがどう変わるのか――という一連のロジックがつながっていることが求められます。
つまり、SSBJが求める「つながり」は、開示文書の整合性であると同時に、経営そのものの整合性でもあります。私たちが「リスク・機会から企業価値までを一本につなぐ」ことをご提案しているのは、理念というより、制度の要請に沿った考え方なのです。
移行計画は「企業の全般的な戦略の一側面」
SSBJは、移行計画の策定をすべての企業に一律で義務付けているわけではありません。ただし、気候関連の移行計画を有している場合には、その内容と、計画の前提となった主要な仮定(規制、技術、資本コストや需要予測などの経済的な前提)の開示が求められます。気候関連の目標を設定している場合には、その達成に向けた計画も開示の対象です。
注目したいのは、SSBJが移行計画を「企業の全般的な戦略の一側面」と位置づけている点です。移行計画は、環境部門が管理する削減施策の一覧ではありません。製品・事業ポートフォリオ、調達、資本配分までを含み、中期経営計画と同じ前提で動くべき計画だということです。
移行計画が経営戦略の一部として扱われるようになれば、GX投資は「排出量を減らすためのコスト」ではなく、将来のリスクを回避し、成長機会を獲得するための資本配分として議論できるようになります。
財務的影響は「定量化できない」で終わらせない
財務的影響の定量情報には、影響を区分して識別できない場合や、測定の不確実性が高すぎて有用でない場合などに、開示が免除される規定があります。ただし、その場合でも、定量情報を提供しない理由、定性的な情報、影響を受ける可能性が高い財務諸表の項目などは開示が必要です。また、予想される財務的影響については、それが財務計画にどう織り込まれているかを考慮することも求められています。
「定量化できません」で開示を終える企業と、「どの勘定科目に、どの経路で影響するのか」を論理的に説明できる企業。投資家から見たその差は、決して小さくありません。
差がつくポイント①:リスク・機会を、P/L・B/S・CFの言葉に翻訳する
多くの企業では、TCFD対応などを通じて、気候変動のリスク・機会の整理はすでに進んでいます。差がつくのは、その次です。炭素価格や電力価格の上昇、顧客からの低炭素調達要求を把握していても、それがどの財務項目に、どの経路で、どの程度影響するのかまで整理されていなければ、経営判断にはつながりません。
私たちは、財務影響を「外部変数 × 自社のエクスポージャー × 対応施策の効果」という因果モデルで捉えることをお勧めしています。例えば、次のような考え方です。
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炭素コスト:炭素価格の上昇 × 自社排出量 − 削減投資の効果 = 将来コスト
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売上リスク:顧客の低炭素調達要求 × 対象売上高 × 受注確率の変化 = 売上への影響
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投資回収:省エネ・再生可能エネルギー投資 → CapEx → エネルギー費の削減 → 営業キャッシュフロー → 回収年数
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成長機会:低炭素製品 → R&D・CapEx → 価格・数量・シェア → 売上・利益
最初から精緻な一点予測をつくる必要はありません。売上なら価格・数量・製品ミックス、コストならエネルギー単価・排出量・原材料価格というように、まずドライバーを特定し、因果の構造を自社の言葉で説明できることが先決です。
架空の素材・部品メーカーA社で考えてみます。現状の営業利益を100とすると、炭素コストの発生で▲12、エネルギー費の上昇で▲8の影響が見込まれる。一方で、省エネ・再エネ投資の効果で+9、低炭素製品の粗利増で+15を取り込めれば、対応後の営業利益は104になる――。数字はあくまで例示ですが、排出量だけでなく、売上・粗利、設備投資、炭素価格、電力単価、受注確率を一枚の絵に置くことで、サステナビリティ部門の資料が、初めて経営会議の議題になります。
このとき意識したいのは、開示のための財務影響の算定と、投資判断のための財務モデルを別々につくらないことです。炭素価格、電力単価、需要見通し、受注確率といった主要な前提を共通化し、同じモデルを開示と投資判断の両方で使う。サステナビリティ開示のために整理した数字が、そのまま投資委員会や経営会議の資料になる。そこまでつながって初めて、GXは「環境対応」から「経営判断」に変わります。
差がつくポイント②:認識した結果、資源配分は変わったか
「リスク・機会は書いたが、設備投資計画は昨年と同じ」。これは、どの企業でも起こり得る断絶です。SSBJは、ビジネスモデルや資源配分の変更を開示の対象とし、気候関連のリスク・機会に投下した資本的支出・ファイナンス・投資の金額(資本投下)も開示事項としています。冒頭でご紹介した「資本投下」の記載率の低さは、まさにこの部分に当たります。
資本投下のデータそのものは、財務諸表の作成過程ですでに把握されているものを活用できるとされています。つまり、多くの企業にとっての課題は「データがないこと」ではなく、「GX投資として束ね、経営判断として説明する枠組みがないこと」にあるのではないでしょうか。
そこでご提案したいのが、GX施策を「投資ポートフォリオ」として扱うことです。各施策を、CO2削減量、投資額(CapEx・OpEx)、回収年数・IRR、売上や顧客への効果、実行難易度・リードタイム、制度対応への効きやすさといった共通の軸で横並びにし、短期の省エネ・運用改善、中期の燃料転換や設備更新、長期の低炭素製品や事業ポートフォリオの転換までを、一つの投資配分として議論します。
そうすると、「GX推進のために100億円使う」という説明が、「エネルギーコスト低減へ30億円、将来の炭素コスト回避へ20億円、低炭素製品による成長へ50億円を配分する」という経営の会話に変わります。GX投資を別枠にせず、自社が通常の投資判断で使っているROIC、IRR、営業利益、キャッシュフローなどと同じ土俵に乗せることが、企業価値への接続を説明するうえでの要になります。
なお、優先施策が決まっても、実行に移せないケースは少なくありません。初期投資が単年度の予算枠を超える、本業の成長投資と同じCapEx枠を奪い合う、社内のハードルレートを満たさない、設備を保有する負担や実行を担う人材が足りない――。止まっている原因が「削減策が分からないこと」ではなく「投資の制約」であれば、見直すべきは削減策ではなく投資の持ち方です。設備を第三者が保有し、利用企業の初期投資を原則不要とするスキームなど、「自社で買う」以外の選択肢も含めて比較してみる価値があります(会計上の取扱いは、契約条件や適用される会計基準により個別の確認が必要です)。
視野を広げる:SSBJだけを見ていても、答えは出ない
2026年に企業が向き合っているGX関連のルールは、SSBJだけではありません。
・GX-ETS:2026年4月に改正GX推進法が施行され、CO2の直接排出量が前年度までの3年度平均で10万t-CO2以上の事業者は、排出量取引制度への参加が義務となりました。対象企業には、排出目標に加えて、設備投資の内容・時期・削減効果まで含めた移行計画を、9月末までに国へ提出することが求められました。
・GXフューチャー・リーグ:2026年4月にGXリーグの後継として発足し、2030年度の排出量目標に加えて、調達アライアンスやサプライヤー支援などのGX需要創出に関するコミットメントが、参加要件として強化されました。
・SBTi:2026年6月に企業向けネットゼロ基準のバージョン2.0が公表され、移行計画を持つこと、最高レベルのガバナンスでの目標承認、事業戦略との統合などが求められる方向となりました。
・GHGプロトコル:2026年7月にISOとの算定基準の統合に向けた開発計画が公表され、算定の土台そのものが見直しの途上にあります。
制度ごとに条文は異なります。しかし並べてみると、要求の重心がそろって「目標を立てる・開示する」から、「移行計画を持ち、投資を決め、実行し、証跡で示す」へと移っていることが分かります。各制度が企業に問いかけているのは、「目標は何か」ではなく、「どの戦略で、何に投資し、どう移行するのか」です。GXフューチャー・リーグが示すように、その射程は自社の削減だけでなく、調達・販売・サプライヤー支援といった事業戦略にまで広がっています。
その結果、多くの企業で起こりがちなのが、SSBJ用、GX-ETS用、GXフューチャー・リーグ用、SBTi用と、制度ごとに担当者・Excel・前提が分かれていく状態です。国に提出した設備投資計画と有価証券報告書に書く資本投下が一致しない、炭素価格や電力単価の前提が計画ごとに異なる、数字が食い違ったときにどれを直せばよいか分からない――。制度が増えるほど、整合性を保つためのコストばかりが膨らんでいきます。
制度の側でも、重複を減らす設計が始まっています。例えばGXフューチャー・リーグでは、GX-ETSの対象者が、GX推進法に基づく移行計画の写しを提出することで、排出量目標の報告に代えられる仕組みが用意されています。
そこで私たちがご提案しているのが、一つの「Master Transition Plan(統合移行計画)」を持つという考え方です。最上流に経営戦略・事業戦略があり、その下にGX戦略を置く。その実行計画としてMaster Transition Planを一つ持ち、そこからSSBJ、GX-ETS、GXフューチャー・リーグ、SBTiなど、制度ごとに必要な情報を切り出します。
「統合する」といっても、全制度を一つの様式に詰め込むわけではありません。組織境界、Scopeの範囲、算定方法、目標年度など、制度ごとに異なるものは異なるままで構いません。実際、「2030年目標」や「Scope1・2」という同じ言葉でも、制度によって指している範囲は違います。共通化するのは、戦略・目標・投資・主要な前提・元データです。制度ごとの差異は、元データ、定義の違い、変換ルール、責任者を対応づけた「クロスウォーク(対応表)」で説明できるようにしておきます。数字を無理に一致させることではなく、差異の理由を追跡できることが肝心です。
制度が増えるたびに計画を増やすのではなく、「上流を一つにして、出口を分ける」。この構造にすることで、SSBJ対応は単発の開示プロジェクトではなく、GX経営全体の一部として位置づけられます。
計画を「回し続ける」ための4つの仕組み
良い移行計画をつくっても、それだけで企業は変わりません。計画をつくることと、回し続けることは別の仕事です。私たちは、移行計画を「提出物」ではなく、GX経営の「OS(基本ソフト)」として回すために、少なくとも次の4つの仕組みが必要だと考えています。
1.ガバナンス――誰が決め、誰が責任を持つか:推進体制を「SSBJ対応委員会」として設計すると、管理の対象が開示にとどまりがちです。重要なリスク・機会や投資は経営(取締役会・経営会議)が判断し、GX推進部門・CFO・経営企画が戦略と財務モデルに落とし込み、事業部門が施策を実行する。この3層の役割分担を明確にしたうえで、意思決定の項目ごとに最終責任者を一人に定めます。「関係部署で連携して進める」とだけ書かれた項目は、本番で止まりやすくなります。
あわせて、「データを出す人(Data Owner)」と「設備・製品・調達を変えて削減を実現する人(Business Owner)」を分けることも重要です。工場の環境担当者に両方を担わせると、報告書は出ても、投資や製品仕様は変わらないという状態に陥りがちです。さらに、リスク・機会ごとに「採用・不採用・継続検討」の判断とその根拠、前提、承認者、見直し時期を一行で追える「判断ログ」を持っておくと、既存のマテリアリティやTCFDの分析資産を活かしながら、説明責任を仕組みにできます。とりわけ「なぜ採用しなかったのか」を後から説明できることが、内部統制や将来の保証、投資家との対話の土台になります。
2.投資――何に、いくら振り向けるか:先に述べた財務影響モデルと投資ポートフォリオを、通常の予算編成・投資審査のサイクルに組み込みます。移行計画も施策の一覧ではなく、施策ごとの投資額、削減量、財務影響、オーナー、そして依存関係(技術の実用化、顧客の採用判断、政策や市場の形成など)を時間軸で整理したロードマップにします。依存関係は最も記入が難航する項目ですが、SSBJもSBTiも前提条件や依存関係の説明を重視しています。ここを空欄にしないことが、計画の実行可能性を高めます。
3.データ――どう集め、どう統制するか:データは単に「集める」ものではなく、発生、入力、一次確認、集計、算定、レビュー、承認、開示、保存という業務フローとして設計します。工程ごとに、誰が出すのか、誰が確認・承認するのか、何を証憑として残すのか、いつまでに確定するのかを決めて初めて、システムの要件も定まります。決算と同じスピードで開示するのであれば、見積値で一次締めし、確定値へ置き換え、修正履歴と承認を残すプロセスも、あらかじめ設計しておく必要があります。
また、算定ルールは今後も変わります。活動量や契約情報、時間・場所といった原始データと、排出係数や算定方法を分けて保持しておけば、ルールが変わってもデータを取り直さずに再計算できます。Scope3についても、制度上求められるカテゴリー別の把握・開示を前提としつつ、排出量が大きく削減に影響できるカテゴリーから一次データ化を進めるなど、「集めるためのデータ」から「減らすためのデータ」へと、段階的に質を高めていくことをお勧めしています。
4.実行――どう回し続けるか:移行計画は、一度つくって終わりではありません。規制や炭素価格の変化、技術の進展・遅延、顧客要求の変化、M&A、設備トラブル、算定ルールの改訂など、見直しの「トリガー」をあらかじめ定めておきます。そのうえで、PLAN(計画の更新)→ BUDGET(投資・予算への反映)→ EXECUTE(実行)→ MEASURE(実績の把握)→ REVIEW(経営レビュー)→ DISCLOSE(各制度への開示・報告)という一つの経営サイクルの中に、制度対応を位置づけます。開示は、経営サイクルの「入口」ではなく「出口」です。
こうした仕組みづくりには、つまずきやすいポイントもあります。システム選定から入ってしまう、サステナビリティ部門だけで抱え込む、網羅性を追いすぎてリスク・機会が経営判断できない粒度まで膨らむ、本番で初めてフルサイクルを回し、未提出の拠点や係数の改定が一度に発覚する――。いずれも、体制と業務設計を先に決め、本番の前に一度、小さくてもフルサイクルを回しておくことで、リスクを大きく下げることができます。
GX責任者の時間を、意思決定に取り戻す
対応すべき制度が増えるほど、GX責任者の時間は、制度改正の調査、拠点へのデータ督促、算定・集計・転記、各制度の様式の作成と更新に吸い取られていきます。しかし本来、GX責任者が時間を使うべきなのは、経営判断の材料をつくること、GX投資を設計すること、事業部門を巻き込むこと、そして投資家や顧客と対話することではないでしょうか。
定型的・専門的な実務には、外部の力を活用しやすいものが多く含まれます。最終的な管理責任と経営判断は社内に残したうえで、業務の持ち方そのものを見直す。それも、GX経営を前に進めるための有効な一手だと考えています。
「制度対応の準備度」と「企業価値への接続度」は、別の物差しで測る
これから企業の差を見るうえでは、二つの軸を分けて考えることが欠かせません。
一つは、SSBJ・GXの「実装レディネス」です。リスク・機会の特定、財務への接続、投資、KPI・データ、ガバナンス、内部統制・保証準備など、制度対応を確実に回す基盤が整っているかどうか。
もう一つは、「GXが企業価値に接続しているか」です。GX戦略が事業戦略や投資判断に反映され、顧客・市場との接点を持ち、その成果が財務や企業価値の向上につながっているかどうか。
この二つは同じではありません。開示は整っていても、投資や事業はほとんど変わっていない企業もあり得ます。反対に、GXによる事業機会は大きいのに、データや統制の仕組みが追いついていない企業もあります。どちらの課題を抱えているかによって、打つべき手はまったく異なります。
カーボンニュートラル総研では、GXが企業価値にどう接続しているかを、戦略ナラティブ、マテリアリティ、価値翻訳、実行と資本配分、市場との対話という5つの観点から評価する独自の枠組み「GVTI」を開発し、上場企業の分析を進めています。制度対応の準備度とあわせて、この二つの軸で自社の現在地を確かめること。それが、遠回りのようでいて最も確実な出発点になると考えています。
まずは100日で、「本番と同じことを小さく一度」
では、何から始めればよいのでしょうか。私たちは、100日を一つの区切りとして、次のようなステップをご提案しています。
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最初の30日(診断・意思決定):SSBJの適用時期の確定、GX-ETS・GXフューチャー・リーグ・SBTiへの該当状況の確認、GX戦略・移行計画の現状診断と既存開示とのギャップの抽出、推進責任者の設置と経営会議への上程
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31〜60日目(設計):Master Transition Planの骨子づくり、制度別のクロスウォークの設計、優先するリスク・機会の選定と財務影響のパイロット算定、責任分担・データマップ・開示カレンダーの確定
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61〜100日目(試運転):代表的なテーマでのデータ収集、模擬クロージング(1サイクル)、証憑・変更履歴の確認、経営レビューの実施、改善計画の策定
目的は、100日ですべてを完成させることではありません。一つの事業、一つの主要なリスク・機会といった代表テーマで、本番と同じことを小さく一度やってみる。そこで見えてきた問題こそが、本番までに解くべき課題のリストになります。
最後に:SSBJを、GX経営を一段進める機会に
SSBJへの対応を進めるなかでは、どうしても「いつまでに何を開示するか」「どのデータが足りないか」という話が中心になります。もちろん、それらへの対応は欠かせません。
一方で、せっかく全社を巻き込み、リスク・機会を見直し、財務影響を分析し、移行計画や投資について議論するのであれば、もう一歩踏み込んでみてはいかがでしょうか。例えば、次の6つの問いに、経営として自社の言葉で答えられるかどうかです。
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自社にとって重要なリスク・機会は何か
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それは、どの財務項目に、どの経路で影響するのか
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そのために、どの経営判断・資源配分を変えるのか
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誰がその意思決定の責任を持つのか
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いつから実運用を始めるのか
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統合した移行計画を、誰がオーナーとして更新し続けるのか
最後の問いは、見落とされがちです。オーナーの決まっていない計画は誰にも更新されず、初年度の提出物で終わってしまいます。
SSBJ対応で最も重要なのは、開示資料そのものを完成させることではなく、その裏側に「GXによって企業価値を高める経営」が実装されていることだと、私たちは考えています。SSBJを「対応しなければならない新しいルール」としてだけでなく、自社のGX戦略、投資、事業、経営管理を見直す機会として活かす。その先にこそ、制度対応と企業価値の向上を両立するGX経営があるのではないでしょうか。
バイウィルでは、SSBJ対応そのものにとどまらず、その先にあるGX経営を一貫してご支援しています。
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診断する(GVTI):GXが企業価値に接続しているかを診断します
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設計する(GXコンサルティング):GX戦略とMaster Transition Plan、財務影響モデル、ガバナンスを設計します
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回す(GX-BPO):制度対応やデータ実務を、継続的に運用します
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実装する(GXVE):第三者保有などのスキームで、投資の制約を越えてGX施策を実行に移します
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価値に変える(環境価値):自社での直接削減(Scope1〜3)を前提とし、カーボンクレジットなどの環境価値の創出・調達・活用までをつなげます
ご相談の入り口は一つではありません。「まず自社の現在地を知りたい」「制度対応は進んでいるが、経営戦略との接続に課題を感じる」「実務の負荷を下げ、戦略に時間を使いたい」「投資の段階で止まっている施策を動かしたい」――どの段階からでも構いません。自社の状況に照らして気になる点がありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。
なお、GVTIによる分析結果をまとめたカーボンニュートラル総研の最新レポートは、当社コーポレートサイトから無料でダウンロードいただけます。
※1 EY新日本有限責任監査法人「2026年3月期 有価証券報告書サステナビリティ情報開示分析 SSBJ基準対応状況調査レポート」(2026年7月22日公表)。東証プライム上場・時価総額5,000億円以上の352社を対象に、有価証券報告書のキーワード検索によって記載状況を調べたもので、SSBJ基準への準拠状況や各社の経営管理の実態を直接示すものではありません。
※本稿における「低炭素製品」は試算上の概念です。企業が実際に有価証券報告書や製品PR等で外部訴求する際は、環境省『環境表示ガイドライン』等に基づき、従来品比でのGHG削減率(〇%削減)や算定範囲(原材料調達〜製造等)といった客観的根拠の併記が必要です。
※本稿の制度に関する記載は、2026年9月時点の公表情報に基づいています。今後の制度設計等により変更される可能性があります。
