バイウィル 代表取締役CSO 兼 カーボンニュートラル総研 所長の伊佐です。

日本でカーボンニュートラルを実現させるためには、カーボンクレジットが「大手企業のサプライチェーン外の脱炭素まで促進するための、環境価値の経済価値化・循環ツール」としての機能を発揮することは欠かせない要素の一つです。

以前のブログ(需要家・創出元の声から考えるカーボン・クレジット市場の現状)で、日本のカーボン・クレジット市場の現状について取り上げましたが、今回は、取り組みが先行している海外の「カーボンクレジット市場」の事例を基に、今後のカーボンクレジット市場における取引の在り方について考えます。 

先進的な海外のカーボンクレジット市場

世界の1年間でのCO2排出量は、2020年時点で約314億トンとされています。国別では、排出量の多い順に中国、アメリカ、インド、ロシアと続いて日本は5番目に排出量が多い国となっています(日本における2020年のCO2排出量は約9.9億トン)。

一方で、日本における代表的なカーボンクレジットである「J-クレジット」はこれまでの累計創出量(認証量)が1,150万トン、そのうち無効化・償却されたものが644万トンに留まっています。ここ数年で増加傾向ではありますが、削減しなければならない総量から考えると、クレジットの創出・流通はまだまだ十分とはいえないでしょう。

そしてそのクレジット創出量・流通量を向上させていくためには、カーボンクレジット市場における活発な取引が行われることは重要な要素の一つです。

より活発な取引が行われるようなカーボンクレジット市場の在り方を考えるために、海外のカーボンクレジット市場の中でも特徴のある3つの事例を見ていきましょう。

 

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CBL(アメリカ)

アメリカのCBLは、世界の中でも取引規模の大きなカーボンクレジット市場です。

2019年に開設後、順調に取引量が拡大し、2022年には、合計約200社による約1.16億トンの取引が行われました。

日本の産業構造やエネルギーミックスに比較的近しいアメリカの市場において、年間1億トン規模の取引が行われているという現状があり、日本のCO₂排出量がアメリカの1/4程度であることを考えると、日本の市場においても年間2,500万トン以上のカーボンクレジットが取引されていてもおかしくないといえるのではないでしょうか。

②ACX(シンガポール)

ACXVerraGSなどのボランタリークレジットが中心に扱われる取引所です。

こちらの取引所では、「クレジット保有者」と「クレジット購入者」だけでなく、「カーボンクレジットの品質について格付けを行うプレイヤー(ビーゼロカーボン)」や「カーボンクレジットを取引所内で売買して差益を狙うトレーダー」が存在しており、カーボンクレジットが一つの金融商品のように扱われている点が特徴的です。

「炭素取引で利益を上げること」について道義的な観点から様々な意見が出されることはありますが、上記のような仕組みが取り入れられると、カーボンクレジット取引の流動性が高まり、クレジットの売却による経済的なメリットは得やすくなるでしょう。

経済的な利益を得られるということが、創出元の「コストを伴う脱炭素アクションを行うモチベーション」につながることは間違いありません。

そうした点からは、格付けによって品質が担保されたり、トレーダーの存在によって流動性が高まったりすることは、クレジット取引を活性化させ、脱炭素を促進させることに役立つものであるといえるでしょう。

③VCM(イギリス)

イギリスのVCMは、カーボンクレジット創出プロジェクトに関する「ファンド」や「事業会社の資金調達の場」として開設されたという特徴があります。

ここでは、カーボンクレジットの通常の売買の他に、クレジット創出者がこれから取り組む予定の吸収・除去系プロジェクトを登録し、需要家がそのプロジェクトを投資などによって支援し、その結果として創出された環境価値を、需要家が各種情報開示・報告などに活用する、という流れでも取引を行うことができます。

出資を受けて創出されたクレジットは、投資家への配当に充てたり、売却することによって資金化したりすることが可能です。

世界でも日本でも、カーボンクレジットの流通に懸念を示す意見として、下記のような声が挙がることがあります。

  • カーボンクレジットは既に誰かが削減した結果を購入しているため、クレジットの購入によって排出量が減っているわけではない
  • 他者の成果を金銭で買うことができるようになると、自分たちで排出量を減らす努力をしなくなる

しかし、こちらのイギリスのVCMのような仕組みであれば、上記で指摘されているようなことは起こりません。

このような需要家側からの先行投資によって脱炭素アクションを後押しする仕組みは、クレジットが本来の機能を果たすことのできる市場の仕組みとしての一つの「解」であるともいえるでしょう。

カーボンクレジット取引活性化のポイントと需要家としての心構え

世界のカーボンクレジット市場の事例を見てみると、クレジットが本来の機能を十分に発揮する形で市場を活性化させるためには、下記のようなポイントが考えられるのではないでしょうか。
  • 格付けなどの仕組みによって、カーボンクレジットの品質が担保されること
  • カーボンクレジットが金融商品のように流動的に取引されるようになること
  • 需要家の先行投資によって脱炭素アクションが活性化する仕組みを作ること(先行投資型・ファンディング型の実装)

そして、日本でも近い将来、これらのポイントが市場に取り入れられ、取引が活性化していくことは十分に予想されます。

そのような状況が訪れたならば、クレジットを調達・利用する需要家の方々にとっては、

  • 適切なタイミング・適切な価格でクレジットを調達するための情報感度・アンテナを高めておく
  • クレジットの安定調達の手段として、先行投資型(ファンディング型)のプロジェクト参画を検討しておく

などの準備や心構えが必要になってくるかもしれません。