オルビスは、化粧品市場にオイルカットという一つのトレンドをつくった‘通販化粧品会社’として知られ、美しいブルーグリーンの コーポレートカラーが施された商品パッケージで、多くのユーザーに支持されてきた。しかし2018年11月、「オルビスユーシリーズ」の発売と同時に、ブランドロゴ・コーポレートカラーも変更。シックな印象で生まれ変わった。一定の支持がある中でのリブランディングは、なぜ・どのように行われたのか。
セミナーレポート前編:顧客満足度No.1、オルビスのリブランディングに学ぶ。狙うべきターゲットは誰だったのか?前編
■プロフィール
オルビス株式会社
マーケティング戦略部 課長 松枝 奏輔氏 (写真左)
株式会社フォワード(現:バイウィル)
取締役 伊佐 陽介 (写真右)
■イベント実施日
2018年11月5日
ブランドに対する共有や共感がないという社内の状態から、リブランディングはスタートした
伊佐陽介(以下、伊佐):我々は最初、ブランド戦略室からご相談を受けてオルビスさんのリブランディングのお手伝いを開始したのですが、体制変更をされてから半年は経っていたと記憶しています。体制を変えるということは、目標管理の仕方を変えるということ。これは結構大変なことですが、これまでの数字を伸ばすための出来上がったパラダイムに対して、どうやってブランドの文脈を加えるか。その方法は、ふたつしかないと思います。
ブランドというミッションを担った組織を、別部署で且つ並列で立てること。そして、これまでのラインの中で、ブランドという意味でもマネージしなければいけないという役割を、特定の階層に持たせること。中央集権的にブランドを推進するのか、これまでの パラダイムのなかに組み入れるのかどちらかです。その上で成功するためには、経営ボード直轄として権限を与えることだと言えます。
ちなみにオルビスさんへのお手伝いは、強いご要望により社員のみなさんへの意識調査からスタートしました。結果は、非常に納得できるものでした。総合指標(5つの項目に対して5点満点で点数をつけていただいた平均値を示したもの)で見ると、弊社で過去に実施した全調査の平均値を上回ったのは、社外でどれだけブランドが実現できているかという「社外実現度」だけでした。過去平均との差で言えば、「社内共有度」はマイナス0.9・「社内好意度」はマイナス0.7と、社内での共有や共感が非常に低いということが露呈した形になりました。
また、インナーブランディングを進めていく上で重要な要素を48の項目に整理していくと、「コンセプト」とその「業務反映(商品やチャネル)」は良いが、「市場理解」や「戦略」「共通認識」「体制」「意識」が低いという結果になりました。
この48の項目整理のアウトプットは、縦に重要度、横に実現度という軸を置いた4象限に対して(中心点はそれぞれの軸の平均値)、各項目をプロットしていくものです。右上のゾーンに入るものは、今後ブランドを推進していくドライバーの要素、強みのようなもので、左上のゾーンに入るものは、社員にとって顕在化している課題、つまり弱みと言えます。左下のゾーンは問題で、実現できていないにもかかわらず重要だとも思えていないという項目が表示されます。
そもそもこの項目自体が、ブランディングを進める上で重要な要素だけで構成されているので、この左下のゾーンに入ってくるとまずいんですね。オルビスさんの場合は、やれていないけれど重要性も感じていないという要素が多い状態だったと言えます。
こういった厳しい状況であったことを踏まえて、「なぜ、リブランディングは『上手くいきはじめた』のか?」をお伺いしてきましょう。
トップの絶え間ない号令と、社員の意識変化により、リブランディングは動き出した
松枝奏輔氏(以下、松枝氏):好転し始めたきっかけで言うと、これは他社さんですぐに応用できるものでなく恐縮なのですが、経営が変わったということです。新しい経営がしてきたことという意味では参考になるかもしれないので、共有できればと思いますが、ひとつは、新しいリーダーが社内外から見たオルビスの現状を整理して、社員にきちんと伝えたこと。去年丸一年をかけて伝えてきましたし、今年ブランドの顔が変わってからも、まだ足りないということで、直接的に間接的に、繰り返し社員に伝えています。
トップの絶え間ない号令によって、社員は会社が進みたい方向を理解したと同時に、社員側が、今まで通りのプロモーションを打っても今まで通りの売り上げが立たなくなってきた状況に直面しました。過去の経験から確実だと信じていたやり方が上手くいかなくなっている以上、ギャンブルのような思い切ったこともしなければいけないという意識が、社員の中にも芽生え始めていました。トップの旗振りと社員の意識、両面で走り始めていたのだと思います。
それから、ミッションやビジョンを改めて整理し、なぜ我々は事業を推進するのかということを改めて文字にして掲げました。これがあったお陰で、より社員に伝わりやすくなったと思っています。
また、舵きりの図式を経営方針として示したことも良かったですね。
今まで通販化粧品とカテゴリをされてきた我々ですが、そこを脱して新しい方向に向かうんですよということを示したことは、強烈なインパクトがありました。社内の賛同を100%得るということは、基本的には非常に難しく、個人レベルでは反対だという人はまだまだ社内には存在しています。ただ、トップが方向を提示しそこへ進むという経営方針を提示すれば、物事は動くんです。社員の大半は、「経営がそう言うなら従う」ということですね。
再びの組織体制変更と他社との差別化軸を明確化・ターゲットの見える化により、リブランディングが促進
伊佐:再び組織体制も変更されましたね。
松枝氏:そうですね。事業部制組織から機能別組織へ体制変更をしました。
チャネル毎の切り分けがなくなって、例えば、マーケティング機能管掌の中に、通販と店舗の両方が存在している状態です。ブランドとしてどのチャネルを使うのかということまで考えられる体制に切り替わったということです。私自身は、マーケティング機能管掌のマーケティング戦略に所属しているのですが、非常にスムーズに仕事が進められている実感があります。
伊佐:どのように他社と差別化をしていくかについても、議論されたとのことですが、内容を共有いただけますか。
松枝氏:スキンケアブランドとしての地位をはっきりさせる必要があると考え、差別化軸で言えばやはり、商品軸だということを、経営ボード含めて発信をしています。
今世の中に受け入れられている、癒しとかヒーリングの要素。そして、研究部隊を抱える我々らしく、サイエンスの部分は差別化の大切な要素として、これからも伸ばしていこうと考えました。なので、HealingとScienceの掛け算が、我々が目指すべき次のフィールドだと考えています。商品軸で差別化をはかる時に、どういう点で勝負するのかということまで決めて伝えているので、メンバーたちは、商品企画だったら・マーケティングだったらと、自分の持ち場での具体的な議論が出来ています。
ここまで来てようやく、自走し始めたという実感が出てきたところです。
松枝氏:また、ブランドの方向性に対して世の中でウケないと意味がないので、誰に受け入れられそうか・受け入れてもらうべきか、というターゲット策定も行いました。クラスタリングという方法で、これもフォワード(現:バイウィル)さんにお手伝いいただいたものです。
ターゲットを具体的に策定して良かったのは、社員に説明しやすい状況になったことです。こういう人達だからこそ、我々の戦略が受け入れられるんだということを合わせ技で説明することで、納得した上で浸透していったと思います。更に浸透が成功した要因がひとつあります。こういったプロファイルをつくってペルソナを詳細に描いたとしても、「こんな人って本当にいるの?」と疑うような声は挙がるものです。そこで、フォワード(現:バイウィル)さんにサポートいただき、社内の女性社員に対して、クラスタの内一体どこに所属するのかというアンケートを実施したんです。
結果は綺麗にグループに分かれ、あの人がターゲットだよなということがバイネームでわかるようになりました。商品企画もマーケティングも、あの人が共感してくれればいいんだという、対象が具体的になったことは非常に大きな収穫だったと思います。
売り上げをブランド推進の指標にしないという決断
伊佐:冒頭に松枝さんがお話くださったように、オルビスさんはCI(コーポレートアイデンティティ)の変更ということで、コーポレートカラーを含めた変更を11月から始めています。またORBIS Uという商品もリニューアルし展開し始めています。
松枝氏:そうですね。我々が今後向かうべき方向性というものを、具体的なアウトプットとして出せたと思っています。様々な意図がありますが、対外的に変わったねという印象を持っていただくには、大きく変革しないといけないということは重々理解していますので、強めに変化を出したつもりです。尚、アウトプットを出していく前段では、ブランドロードマップの策定も行いました。
売り上げをブランド推進の指標にすると、「本当にそれで売り上げが上がるの?」という議論に必ずなります。これは弊社でも何度も議論したことです。ですので、売り上げとは切り分けて、ブランドの軸で追う指標は別に置きました。具体的には、オルビスのブランドイメージを聞いた時にどんなワードが出てくるのか。「シンプルな」「科学に基づいた」「センスの良い」、こういったワードが出てきてくれれば、我々の狙い通りにブランディングは進んでいるという意味です。
繰り返しになりますが、まずは売り上げとは切り離してやってみようとしたことがポイントだったと思います。これらの数値が上がってくれば、結果として売り上げとどういう相関があるのかを含めて見ていこうと進めています。まずやってみて、これは違うなという要素が出てくるなら、辞めてもいい。まずやってみようということで、ミッションやビジョン・コンセプト、ターゲットに
ブランドKPI(Key Performance Indicator/重要業績評価指標)などを網羅したブランドロードマップを策定しました。
ブランド推進を目標管理にまで落とし込むことで、曖昧にさせない
伊佐:オルビスさんの掲げる「美しく生きるためのパートナーになる」という理想が実現できているのかということを、
KGI(Key Goal Indicator/重要目標達成指標)やKPIでブレイクダウンして、これを追っていくべく、1年間のスパンで指標を置きました。オルビスさんの指標は、継続購買率としました。その理由は、新規のお客様を獲得することはもちろん最上位目標ではありますが、事業モデルとして、新規顧客を獲得しても離脱するという繰り返しはフィットしないからです。もともとオルビスさんの持っている強みは、既存のお客様との関係を強固なものにしていくことなので、お客様が根付くかどうかを重視するべきだと考えました。
このロードマップを、どの業界の方でも捉えられるように整理してみます。
ブランドとしてどういう状態になりたいのか。そして、そこからブレイクダウンして、どういうステップで育てていくのか。
定量・定性目標(KGI)の部分は便宜的に「億円」と置いていますが、売り上げや利益である必要はありません。ブランドが高めなければいけない最もコアな要素が書かれていることが大切です。そして、その目標達成に向けた注力指標としてのKPIと、KPIを達成するために必要な、部門毎のテーマ。ここまで落とし込むことができれば、例えブランドに対する共感度にばらつきがあったとしても、個人レベルでやるべきことが見えるので、行動はできます。
ブランドは抽象度が高いので、コンセプトが決まっていて、そこに向けて努力しようと働きかけたとしても、「じゃあ私の業務とはどうつながるんですか?」という疑問は必ず起きるものです。ただ、個人レベルまでやるべきことが明確になれば、メンバーにしてみれば、自分が担当する業務のひとつになるだけなんです。ブランドって曖昧になりがちだという声は本当によく聞きますが、目標管理されていなければ曖昧になるのは当たり前。だからこそ我々は、ブランドをつくる初期の段階で、これらのような地図をきちんと描きましょうということをお伝えしています。
ブランドは経営の軸。「一貫性」と「継続性」を持って取り組むべき
伊佐:では最後の質問です。オルビスさんがリブランディングに取り組んで得たものとは何でしょうか。
松枝氏:リブランディングはまだ終わっておらず、鋭意進行中ではありますが、この1〜2年で変革は推進できているという手応えはあります。その変革が社員にもたらしてくれたものは、「戦略思考」や「デザイン思考」だと思います。戦略思考ベースで物事が動き始めていると実感しています。また、我々は総合通販モデルということで、新規のお客様に対して、自社商品を全てカタログでお見せして、その中から気に入ったものがあれば買っていただくスタイルだったのですが、大きくシフトチェンジをしました。ブランドデータベースマーケティングモデルと呼んでいますが、ひとつのブランドを顔として立ててそれを伝えていくというものです。これまでのやり方とは全く異なるやり方ですが、まさに今、チャレンジをしている最中です。
伊佐:ありがとうございます。私からは総括として、ブランドを創る「仕組み」の全体像についてお話しができればと思います。
ブランドと言っても、コーポレートなのか事業部などのカテゴリなのか、プロダクト・サービスなのかによっても異なりますが、
コーポレートブランドの場合は特に該当する話だと思います。
まず、ブランドとは全社で取り組むべき経営の軸だという考え方が大切です。ブランドはマーケティングの手法のひとつという風に捉える方もいらっしゃいますが、我々は、ブランドとは経営の軸だと捉えています。ブランド戦略を掲げて進めるということは、
人・もの・金を投資することと同義だからです。
ブランドターゲットやコンセプトという言葉も今日は多く出てきましたが、これはつまりブランドの価値のことを指します。
概念の整理と価値の定義が明確になっていることが大前提で、ここが不明瞭だと、求心力が働かないということは、オルビスさんのお話を通じて皆さんが実感されたことかと思います。
また、ブランドというのは一人ひとりの頭の中でだんだんと蓄積されていくものなので、ブレたら上手くいかない。
つまり、一貫性と継続性が非常に重要になってくるということを頭に留めておいていただければと思います。
ブランドターゲット&コンセプトと、お客様への接点の間に、社内浸透という要素を提示しています。あくまでも便宜的に、組織と業務の軸で使い分けているだけで、ブランド的な表現をすれば、クレドやバリューそしてロードマップと置けると思います。
そして、人事制度、中でも評価制度のサブルールとしての表彰制度などに落とし込むのは、相性が良いやり方だと思います。
人間は、目的に対して勝手に走り続けられるほど強くはありません。やり方を伝えてやれそうだと感じてもらったり、頑張って今までとは違うやり方を貫いた人に対して報いたりなど、仕組みで支えることが必要です。そういう意味でも、クレドやバリューに落とし込むことは、どういう行動をとる人が、ブランドを育てるロールモデルなのかということがわかりやすいので、非常に有効です。
ロードマップについても、業務に接続できるところまで落とし込むことで、顧客接点への一貫性と継続性を実現することにつながります。シンプルですが、指標・アクションをきちんと立てて運用する、振り返って次につなげるということを、企業活動として継続することが、結果ブランドを創っていくことにつながると言えます。
多くの方々にご参加頂きました。ありがとうございました!
*この記事のサービスについて詳しく知りたい方はこちら>>ブランドコンサルティング