大手ベビー用品メーカーとして圧倒的シェアを誇るピジョン株式会社。しかし後発で参入したベビーカー市場においては、なかなかシェアを伸ばせずにいた。2014年ベビーカー市場は大手2社が市場の9割のシェアを占める寡占状態であり、ピジョン株式会社はこの2社が作るゲームルールの中で、市場の穴を見つけることができず苦戦。今回は、そこから2015年1月発売の新商品「ランフィ」を機にたった4年でシェアを3.0%→30.3%まで伸ばした具体的な取り組みを、「開発期」「立上期」「拡大期」の3フェーズにわけて、担当者からリアルな体験談と共にご紹介頂いた。
【ピジョン株式会社HP】https://www.pigeon.co.jp/
■プロフィール
ピジョン株式会社
開発本部 ベビー大型商品開発部 チーフマネージャー 小笠原 達一郎氏
株式会社フォワード(現:バイウィル)
代表取締役 伊佐 陽介
イベント実施日
2019年12月11日(水) 14:00~16:00
寡占市場を勝ち抜いていくために、「ゲームのルール」を変えた
伊佐陽介(以下、伊佐):本日はピジョン株式会社からベビー大型商品開発部 チーフマネージャーの小笠原様をお呼びして、如何にして成熟市場に風穴を開けたのかをお伺いしていきたいと思います。
小笠原 達一郎氏(以下、小笠原氏):ピジョン株式会社の小笠原と申します。よろしくお願い致します。私は2013年にベビー大型商品グループのベビーカー開発担当として入社しました。2016年からはベビー大型商品マーケティンググループに異動し、今は、カテゴリー全体の商品企画・マーケティング戦略・コミュニケーション戦略を立案し、実行するチームのマネジャーをしています。ピジョンは育児用品、マタニティ用品などを製造販売している会社です。国内での主力商品ですと、哺乳びんのシェアが約8割、さく乳器や母乳パッド、ベビー用のスキンケアなども1番のシェアを誇ります。
今回お話させて頂くのは、2010年から本格参入したベビーカー事業についてです。全体の流れとしては、2015年の1月に新しく発売した「ランフィ」というベビーカーを上市する前までを「開発期」、シェアが約15%まで伸びた時期を「立上期」、シェアが約15%から30%まで伸びた時期を「拡大期」として、お話させて頂きたいと思います。
小笠原氏:では、まず「開発期」について、お話します。ベビーカー市場は成熟した市場で、参入当時(2010年)は大手2社が市場の9割のシェアを占めていました。「この2社の商品を買っておけば間違いないだろう」と思われているような市場です。そんな市場に入っていくというのはとてもチャレンジングでした。市場では僕らがベビーカーをやっていることを知っている人はほぼいなかったと思います。
参入当初はかなり苦労しました。商品に色々改良を重ねてはいましたが、当時は低コストで最先端のものをつくる「技術・リソース」も社内に少なく、「ベビー用品のピジョン」というブランドの力だけで店頭に並んでいるような状況でした。しばらく試行錯誤を続けていましたが、明確な指針と特徴のある商品がないため、シェアは2~3%ぐらいで止まってしまいました。社内外共に結構厳しい意見をもらいました。
ここで改めて市場分析をして自分たちの状況を確認しました。寡占市場に後発として新しく参入するにあたり、何が足りないのか、入っていく時のリスクは何かを一度整理しました。そして最終的には差別化要素で戦おうみたいな話になりました。しかし「差別化なんて簡単に言うけど実際やるのはどれだけ難しいか・・・」というのが、現場の嘆きでした。これは当然ですよね。
その為、まずは差別化要素を考える前に、ベビーカー市場で戦っていくにあたって最低限外せない機能を考えました。「オート4輪切替機構」は外せない機能だと考えここを押さえないことには、いくら新しい機能を搭載しても、バイヤーに選んでもらえません。いわばこれが、ベビーカー市場参入のためのパスポート的なものでした。
次にニーズ調査を行い、「軽量でコンパクト、ワンタッチで折り畳め、折り畳んでも自立するベビーカー」というのが、お客様がベビーカーを選ぶ時の基準だと理解しました。要は、これがお客様の求めている「良いベビーカー」の基準ですね。
流通との商談でも「軽いの?コンパクトになる?ちゃんと畳める?立つ?」みたいなことを当然のように聞かれるんです。しかし、これは大手2社が作ってきたルールではないかと考えました。つまりA社さんが「5キロです」って言ったら、B社さんが「4.9キロです」って言うんです。次は「4.8キロです」って言うこの軽量化競争において、「あれ、お客様はその0.1キロの差を望んでいるの?」という違和感がありました。しかし、これが当時のルールですよね。
競合が作ったルールに僕らが突然入っていっても勝てるはずがない。なので、僕たちは違うルールを作り勝負をしようと考えました。同じ勝負でも違うルールを設定してしまえばいいという風に考えたんです。これが「ゲームチェンジ」という考え方になっていきます。いうならば、軽量でコンパクトという「買う理由」を変えてしまえということですよね。後発で怖いもの知らずだったからこそ、この決断ができました。ゲームチェンジャーとして新しい市場を創造して競争のルールを変えていこう、とチームで決意して進んでいきました。
とは言っても、そんな簡単に新しいルールは出てきません。成功の鍵は、お客様自身が気付いてない価値、つまり潜在的なニーズを見つけ出し、形にしてあげることだと思いました。では潜在的なニーズって何だというときに、今まで通りの「ベビーカー」という視点で考えていると、ベビーカーは赤ちゃんを運ぶ道具であり、赤ちゃんにとって快適なクッション性が大切である、というような話になっていきます。しかし、ベビーカーは赤ちゃんを運ぶ道具だけれど「乗り物」でもあるということに着目しました。乗り物視点でベビーカーを見たときに、注目したのが『走行性』だったんです。
価値観セグメントを基に深堀。「走行性」をキーとした商品コンセプトを開発。
小笠原氏:また、ターゲットを設定するときは、一般的なデモグラフィック属性の考え方ではなく「価値観」に注目しました。ここで伊佐さんとの出会いがあり、フォワード(現:バイウィル)の価値観によるセグメンテーション※を活用しました。
※価値観セグメント「Flower」について
https://www.forward-inc.co.jp/services/brand/research
価値観セグメントを基に消費者調査をしたときに、お困り事として「段差でスムーズな走行ができない」「タイヤの小回りが利かない」というようなものが上がってきますが、ベビーカーを選ぶ基準という意味合いだとそれらは上位に上がってきません。まさに、先程お話した大手二社によって作られてしまった価値観があり、お客様は「ベビーカーはガタガタした道は乗り越えられないので仕方ない」と諦めてしまっていたんです。なので、ここから僕らはもう少し深掘りして、走行性がキーとなり、赤ちゃんの乗り心地やママの押しやすさをベネフィットとした、商品コンセプトを作っていきました。
一方で懸念として、自社の既存技術やこれまでの慣習にぶつかるとも思いました。その為、コンセプトを策定する際に、商品企画だけでやるのではなく、PR・広告・開発・品質管理など、関わってくる人間全員をワークショップに入れました。このことで、商品に対して全員が当事者になっていきました。ワークショップをするなかでびっくりするくらい険悪な雰囲気になることもありました
が、そんなときには、「みんなで決めたことなのだから、諦めずやりきろう」と決意を持って取り組んでいきました。
「組織文化を変える」「外部パートナー」「フロンティア精神」
<ピジョン株式会社 開発本部 ベビー大型商品開発部 チーフマネージャー 小笠原 達一郎氏>
ここで、新しい領域に入っていく時のスタンスについてお話させて頂けたらと思います。ご存知の通り、弊社はベビー用品メーカーとして高い市場シェアを持つ商品を数持つ会社です。哺乳びんの営業で「販売代理店さんや小売店舗さん」を訪れると、弊社の商品は売れることがわかっているので棚に置いてくださいます。しかし、ベビーカーの営業が訪問しても、既に売場は埋まっていて、後発である当社の商品を置いて頂くことが難しい。このような状況なので、市場のリーダーではなく、チャレンジャーとしてのスタンスを持って営業をしていかなければいけません。僕らはチームで「自分たちはチャレンジャーだ」ということを何度も確認しながら進んでいきました。
チャレンジャーとしてのスタンスを作っていくために重要だったものが「組織文化を変える」「外部パートナー」「フロンティア精神」の3つです。「組織文化を変える」というのは、中途社員のことです。ベビーカーを作っている大型商品開発部のうち半分以上が転職者です。これは、当時のトップが意識的に新しい考え方ができる人を採用していったからです。採用から組織の文化を変える、という意思があったのかなと思います。
「外部パートナー」に関しては、伊佐さんのことですね。先程もお話しましたが、ターゲットを決める際に、既存のデモグラフィックの考え方でなく、価値観セグメントに注目しました。そのときに伊佐さん達の力を借りて、既存のやり方ではなく新しい考え方や進め方を取り入れました。
最後の「フロンティア精神」というのは、「絶対に成功させるぞ」という開拓者としての覚悟です。僕たちは社内で「傭兵部隊」って言われる位開拓者精神で飛び回っていました。
ピジョンという会社は「赤ちゃんが大好きで、赤ちゃんのために・・・」という人がすごく多いんですけど、僕らは大型事業を成功させるために集まった部隊なので、他の部署に異動することを全く望んでいなくて、必ずここで成功してやるというような意気込みがありました。熱意のある社員や外部のパートナーの力を借りたことが、良いきっかけになったのではないかと思っています。
中編(立上期)へ続く
成熟市場で圧倒的にシェアを伸ばすピジョン株式会社から学ぶ。市場に風穴を空けるブランド戦略とは?(中編:立上期)
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