はじめに:あなたの会社の環境目標、形骸化していませんか?

多くの企業が、中期経営計画と合わせて「環境ビジョン」や「サステナビリティ方針」を策定しています。それは社会的に「正しいこと」であり、企業にとって不可欠な取り組みのはずです。

しかし、その立派なビジョンが、社員一人ひとりには十分に届いていない、という課題はないでしょうか。経営層が「これで全社一丸となるはずだ」と期待する一方で、現場では「また新しいスローガンができたらしい」「担当部署が頑張るんだろう」といった冷めた空気が漂い、いつの間にか形骸化してしまう。こうした状況は決して少なくありません。

「やるべきこと」のはずなのに、社員に浸透せず、「やらされ感」が生まれてしまうのはなぜか。

この記事では、その根本的な原因を解明し、環境への取り組みが「やるべきこと」から「やりたいこと」へと変わる、本質的な解決策としての「環境ビジョン」の重要性とその作り方の入口を解説します。

「見えない壁」の正体:なぜ環境ビジョンは社員に届かないのか

経営層やサステナビリティ担当者が策定したビジョンが、現場の社員に届くまでの間には、目には見えないものの、非常に厚い「意識の壁」が存在します。

経営側は「環境への取り組みは社会的意義があり、正しいことなのだから、反対されるはずがない」と考えがちです。そして実際、環境というテーマは「反論しにくいテーマ」であるため、表立った異論は出ません。しかし、経営層はその「静寂」を同意と誤解し、社員はビジョンを自分とは関係のないものとして受け流してしまっているのです。

現場社員がビジョンを受け取った際に感じる、正直なインサイトは以下の4つに集約されます。

  • 理解できない:「『地球に優しく』とか、耳障りの良い言葉だけど、具体的にどういうこと?私たちのビジネスと何が関係あるの?」
  • 印象に残らない:「こういう目標って、最近どこの会社でも言っていることだよね。特に記憶に残らないな。」
  • 自分ごとにならない:「唐突に言われても困る。これはサステナビリティ推進部とか、専門の部署がやることでしょう?」
  • 何をすればいいか分からない:「立派な目標は分かったけど、結局、私たちの日々の業務で何をどう変えればいいの?」

結果として、ビジョンを「知ってはいる」けれど、行動には全く繋がらない、という「形骸化」が起きてしまうのです。


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再定義する環境ビジョン:単なる目標ではなく「共感を生むハブ」

環境への取り組みは、規制対応やサプライヤーからの要請といった「外からの圧力(外圧)」に応える形で進められることが多くあります。その結果、社員にとっては「義務感」で取り組むものとなり、収益に直結しにくい活動は「コスト」と認識され、「やらされ感」が蔓延する構造的な問題を抱えていました。

これからの環境ビジョンが果たすべき役割は、単なる外部適応のための目標設定ではありません。バラバラになりがちな3つの要素を固く結びつけ、共感を生み出す「ハブ(結節点)」としての機能です。

1.事業戦略:自社が本業でどうやって成長していくかという計画
2.環境への取り組み:社会課題解決のために企業が果たすべき責任
3.社員の意思:一人ひとりが持つ「やりがい」や「誇り」、「貢献したい」という想い

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従来の縦割り思考では、事業戦略は収益、環境はコスト、社員の想いは人事マターと、すべてが分断されていました。環境ビジョンをハブとして再定義することは、これらの分断を乗り越え、組織のエネルギーを一つのベクトルに統合する経営アプローチなのです。これこそが、現代の企業に求められる「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」の本質と言えるでしょう。

環境ビジョンがこの3つを繋ぐハブとして機能することで、環境への取り組みは「やらなければならない」という外発的動機から、「自分たちの事業を成長させ、社会を良くするために挑戦したい」という内発的動機へと劇的に転換します。

優れた環境ビジョンは、コストと捉えられがちな環境活動を、事業成長と従業員エンゲージメントを同時に実現させるプロフィットセンターへと転換させる力を持っています。

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あなたの会社のビジョンはどっち?「良いビジョン」と「悪いビジョン」

「環境ビジョン」や「将来のありたい姿」を議論する際、どうしても「地球に優しく」や「環境を守る」といった、どの企業でも言えるような抽象的な言葉に落ち着いてしまうことはないでしょうか?

美しい言葉ではあるものの、具体性に欠けるビジョンは社員の記憶に残らず、日々の行動にも結びつきません。 「良いビジョン」と「悪いビジョン(形骸化するビジョン)」を分けるのは、その解像度です。そして、適切な具体性を持たせるために不可欠なのが、以下の「ビジョンの4要素」です。

ビジョンを構成する4つの要素

ビジョンとは、企業のパーパス(存在意義)や理念という北極星に向かう旅路において、「ある時点での到達地点」を示すものです。そのため、以下の4つの要素が含まれている必要があります。

  1. 1. 到達点(Goal / Destination):ある時点でどこに到達していたいのかという「ゴール」です。これは「CO2排出量実質ゼロ」のような定量的な目標であることもあれば、どのような状態になっていたいかという定性的な目標の場合もあります。

  2. 2. 領域(Domain / Scope): そのゴールに向かう上で、自分たちは「何」を対象に、「どの領域」で成し遂げるのかという範囲です。例えば、単に「環境」といっても、脱炭素なのか、サーキュラーエコノミー(循環経済)なのか、あるいは特定の事業領域での変革なのか、取り組むスコープを明確にします。
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  4. 3. 手段(Means / Method): 定めた領域において、その到達点に行くために「どのような手段」を用いるのかという点です。ビジネスモデルの変革で挑むのか、特定のイノベーションや技術開発によって実現するのかなどといった、具体的なアプローチ方法を示します。
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  6. 4. 時間軸(Timeline): いつまでに到達するのかという期限です。2030年なのか、2050年なのか。この時間軸の設定によって、目指すべき到達点の高さやあり方も変わってきます。
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これら4つの要素が欠落していると、構造と具体性が曖昧になり、「なんとなく良いことを言っているが、具体的にイメージが湧かない」という状態に陥ります。

逆に、この4要素を行ったり来たりしながら検討し、整合性を持たせることで、映像としてイメージできるような「適切な抽象度」のビジョンが完成します。それが社員やステークホルダーに「自社らしさ」と「納得感」を与える、「生きたビジョン」となるのです。

あなたの会社の環境ビジョンは、社員の心を動かし、行動を促す「活きたビジョン」でしょうか?それとも、誰の心にも響かない「残念なビジョン」になっていないでしょうか。その違いは、上記で述べた4要素も含めた、3つの基準で明確に見分けることができます。

基準 残念なビジョン(NG) 活きたビジョン(OK)
① 構造と具体性
  • 曖昧で、誰でも言える言葉。(例:「地球に優しく」「環境を守る」)
  • 自社の事業ドメイン(領域)で、独自のアプローチ(手段)を用いて、具体的な未来(到達点)を目指すことが明確に描かれている。
② 自社らしさ
  • 会社名を隠すと、どこの会社か分からなくなってしまう。
  • 事業の強みと結びついており、「この会社だからこそ」という必然性がある。
③ 提供価値
  • 顧客や社会にとってのメリットが不明確で、独りよがりに見える。
  • 環境への取り組みが、顧客にとっての「嬉しいこと」に繋がっている。

優れたビジョンは、単に美しい言葉を並べたものではなく、その会社ならではの哲学と戦略が具体的に表現されたものなのです。


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「良いビジョン」がもたらす3つの嬉しい効果

「活きたビジョン」を策定し、社内外に発信することは、本来の目的である環境活動の推進だけでなく、企業経営全体に素晴らしい副次的効果をもたらします。

・従業員エンゲージメントの向上
自分の日々の仕事が、会社の利益だけでなく、社会貢献や地球環境の保全に繋がっていると実感できると、社員は自社で働くことに「誇り」と「やりがい」を感じるようになります。これは、社員の帰属意識を高め、組織全体の活力を生み出します。昨今重要視されている「人的資本経営」の観点からも、環境ビジョンは社員という資本の価値を最大化する重要な要素となります。

・採用力の強化
特にミレニアル世代やZ世代といった若い世代は、就職先を選ぶ際に企業の社会貢献意識を非常に重視します。企業の社会的意義を明確に語れるビジョンは、優秀で志の高い人材にとって「選ばれる会社」になるための強力な武器となります。

・企業ブランディングの向上
環境への真摯な取り組みは、投資家だけでなく、顧客や地域社会からの「信頼」を獲得し、競合他社との明確な「差別化」につながります。環境ビジョンは、コンプライアンスのような「守り」の側面だけでなく、競争力を高める「攻め」の資産にもなり得るのです。

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今回は、多くの企業で環境ビジョンが形骸化してしまう原因と、それを乗り越えるための新しい「環境ビジョン」の役割について解説しました。

環境ビジョンは、単なるスローガンや目標ではありません。事業の成長と社員のやりがい、そして社会貢献を結びつけ、企業を未来へ導く強力なツールです。

では、どうすれば自社らしさがあり、社員の共感を呼ぶ「活きたビジョン」を作れるのでしょうか?

次回は、社員を巻き込みながらビジョンを策定する具体的な4つのステップを、事例を交えながら詳しく解説していきます。


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【環境ビジョン②】
「自分ごと化」を生む環境ビジョンの作り方|共創の4ステップ

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